(この記事は、「計画概要と0日目」の続きです。)
山の朝は早い。
普通は夜も早いので寝不足になることはないのだが、昨日の夜の就寝時刻は0時半を回っていた。
眠くて仕方がない。
昔の社会人は夜行日帰りなどで谷川岳の一ノ倉沢を攀じ登っていたのだから、えらいものだ。とても真似できない。
7:00、松本駅前のホテルをチェックアウト。
ひとりの寝坊もなく、無事出発することができた。この時点で、今日の懸念の半分は解消された。
大糸線で信濃大町へ。
信濃大町のバス停で、扇沢までのチケットを購入。1,330円也。
けっこう値が張る。
バス停には、室堂までの行程が分かりやすい鳥瞰図が大きく掲示されていた。
扇沢までのバスは、まるで高速バスのような車体だった。
そのバスに揺られること40分。扇沢のバスターミナルに到着。
扇沢では、ものすごい数のバスがバンバン到着して、バンバン人を降ろしていく。
さすがは3連休初日。
特に団体客の勢いが凄まじい。
ここからトローリーバスに乗り換えるのだが、こんなにたくさんの人を乗せ切れるのだろうかと不安になる。
そんな不安をよそに、トローリーバスは何台も連なって乗客を収容して、トンネルに向けて出発した。
社内アナウンスでは、工事をおこなっていた当時の苦労話が語られる。
曰く、破砕帯から冷水が大量に吹き出して大変だった、云々。
そのアナウンスを聞きながら、石原裕次郎主演の『黒部の太陽』はここの工事の話なのかなぁと思いを馳せる。
せっかくなのでその話を連れの一人にしたが、石原裕次郎には興味が無いとのこと。そりゃ、オレより10歳も若いんだから、石原裕次郎に興味無いよなぁ。。。我らが「ボス」なのに。。。
トローリーバスを降りて、ヒンヤリとしたトンネルを抜けると、
そこは黒部ダムだった。
真正面には立山連峰の姿が神々しい。
左手には、慰霊碑への道標がある。
見ていきたいところだが、乗り継ぎの時間がタイトで、観光している暇は無い。
幸い、放流だけはしっかり見ることができた。
天気が良かったおかげで、ちょっとだけ虹もかかっていた。
反対側には黒部湖。
放流と黒部湖の間を歩き、ケーブルカーの駅へと向かう。
ケーブルカーの駅も激混み。
紅葉シーズンの高尾山を思い起こすが、考えてみたら高尾山のケーブルカーって乗ったことないや。
ケーブルカーは、ぎゅうぎゅうに乗客を乗せると、えらい急角度で登り始めた。
ケーブルカーの大観峰駅を出ると、立山連峰はぐっと近く、
後立山連峰はより遠くになっていた。
今度はロープウェイに乗り、最後にまたトローリーバスに乗って、11時すぎにやっと室堂に到着。
室堂には、物騒なホワイトボードが。
遭難情報に胸いっぱいになりながらも、まずは腹ごしらえ。
立ち食いそば。
冗談のようなカマボコだが、立山に来たんだなぁという納得感は湧いた。
続いて、屋外に移動しての鱒寿司。
景色も良く、すっかり観光気分だ。
立山。
大日岳。
剱御前方面だけ、何故か雲がモクモク。
あ、飛行機雲。
この飛行機雲はいつまで経っても消えることなく、輪郭をボカしながら長らく空に留まっていた。
こりゃ明日は雨だな。。。
12:11、重い腰を上げて、いよいよ剱岳方面に向けて出発する。
縦横無尽に走る石畳に戸惑いながら、12:13、みくりが池になんとかたどり着く。
ほとりには、みくりが池温泉がある。
帰りに寄る温泉はこれ。
みくりが池温泉を通り過ぎると、次第に地獄谷が見えてくる。
12:28、湿地帯が見えてくる。
あー、これが血の池地獄だったか。
たしかに、ちょっとだけ赤い。
剱岳を針の山に見立てたわりに、血の池はスケールがしょぼい。
その先に進むとリンドウ池に出る。
画像左端の煙は火山ガス。
リンドウ池の対岸の色が赤茶けているのは、ハイマツなどの植物が枯れているからだ。
つまり火山ガスにやられてしまっているということだろう。
実際、このリンドウ池を回り込んで対岸を歩くと、喉や鼻の奥に違和感を感じるようになってきた。
(実は、下山後も少しダメージが残った。)
こんな場所なので、リンドウ池の周辺には火山ガスの数値を測定する機械も複数箇所に設置されていた。
12:38、雷鳥荘の前に到着。
雷鳥荘前に広場には不穏な看板が立っていた。
火山ガスを防ぐために、ハンカチを水に濡らして鼻と口に当てろ、とのことである。
そんなん、ミクリガ池側には無かったじゃん! はやく言ってよ!
展望は素晴らしく、賽の河原方面のカール状の地形が一望できた。
これから登る、剱御前小屋までの雷鳥坂を見て、早くも戦意を喪失しそうになる。
ここからは、石段を雷鳥沢へ向かってひたすら下る。
すれ違う登山者たちは皆一様に、疲れきった顔をして登ってくる。挨拶をしても、生返事が帰ってくるだけだ。
やっぱりキツい山の後でこの石段を登るのは憂鬱だろうなぁ、と思う。
下っていくと、雷鳥沢ヒュッテの少し手前に、ちょっとした展望台が現れる。
そこからは、地獄谷の殺伐とした風景を一望できた。
そりゃ昔の人も、これを見たら地獄呼ばわりしたくなるよなぁ。
12:46、雷鳥沢ヒュッテの横を通過。
12:51、雷鳥沢キャンプ場に到着。
真正面に見える立山連峰の稜線には、ガズが立ち込めていた。
12:56、いよいよ雷鳥沢を渡る。
これを渡ると、あとは剱御前小屋までひたすら上りだ。
覚悟を決めなければならない。
その心を決める境界線であるこの川原に、「賽の河原」の名付けた昔の人は、なんと絶妙であることだろうか。
簡易な橋を渡り、
ここで誤って右に進路を取ってしまった。
5分ほど歩き、どうも様子がおかしいと思って地図を確認すると、このままでは大走りに向かってしまうことに気付いた。
慌てて引き返す。
正しいルートに戻ると、すぐに道標が現れた。
大日岳との分岐点だ。
ナナカマドの実は赤いが、葉っぱはまだ緑。
大日岳との分岐点から約30分ほど登ったところで室堂方面を見る。
だいぶガスっていて、火山ガスとの線引きもよく分からん。
道はずっとガレガレ。
決して歩きやすくはないが、特に歩きにくいとも思わない程度には整備されている。
ここはまだ、立山連峰を縦走する人たちも利用する道で、剱岳に行くハードコアばかりが通る道ではないということも関係あるだろうか。
立山連峰の稜線にもすっかり雲が降りている。
その後もひたすら登る。
メンバーはすっかり無口になり、ダクダクと汗を垂らしている。
僕は、登り始めこそ少し息が切れたが、体が温まってきてからは疲れを全く感じなくなってきた。
考えてみれば3週間前に3,000m峰を縦走したばかりなのだから、高所順応は十分にできているのだろう。
剱御前小舎にたどり着くすこし手前で、ガスの中に突入した。
下を見ても、もう雷鳥沢は見えない。
14:27、剱御前小舎に到着。
遠くから見たときにはウンザリするような登りに見えたが、歩いてみればたったの1時間半。
展望も良く、素敵な道だった。
メンバーの疲労の色が濃いため、ここで休憩を取る。
いくら寝不足とはいえ、こんな状態で明日の山頂アタック(「プッシュアップ」は、照れくさくてまだ使えない・・・)は大丈夫なんだろうか。
そんなメンバーを尻目に、小舎前にある小ピークに空身で登ってみることにした。
このピークは剱御前に通じる尾根道上にある。
このため、剱御前のルート案内が登り口に立てられていた。
剱御前の三角点より先の登山道は崩壊しているようだが、今回の山行で通る予定は無いので大丈夫。
2分ほどで、小舎の前から見えていたところまでは登ったが、まだ先がある。
なにやらケルンもあるので行ってみると、
あー、、、永眠系のケルンね。。。
さらに向こうにもピークが。
あれが2792ピークではないだろうか。
たどり着くと、ピークには何か小さな道標のようなものが立っていたが、字は読み取れず。
長年の風雨で消えてしまったのだろうか。
稜線はさらに北へ続くが、これ以上は諦める。
あの一番奥に、剱御前の三角点があるんだろうな。
東に目を転じると、別山から北峰への稜線がカッコいい。
そこから4分で剱御前小舎までもどり、メンバーと合流。
再び今日の宿である剱澤小屋に向けて歩き出す。
剱御前小舎の裏にある別山との分岐は、驚く程地味。
剱澤小屋へは左の道を行く。
ここからは、ひたすら下り。せっかく登ったのに残念な気もするが、最近はアップダウンがあったほうが登山は楽しいと思えるようになってきた。
下り始めると、さっそく雪渓がお出迎え。
道はそれなりにガレているが、歩きにくくはない。
15:03、道端の岩にレリーフが現れる。
石井某さんのレリーフなのだが、どういう事績を残された方なのかはよく分からない。
このへんの登山道でも開いたのだろうか。
教えて、エラい人!
このあたりでは、草紅葉はすでに始まっていた。
15:15、別山への分岐を通過。
別山はガスの中。
15:23、剱御前の稜線に少しだけ青空が戻る。
晴れ間が差してもまたすぐ曇る、嫌な天気。
まさにイケズ。
15:32、剱澤のテント場に到着。
テント場から剱御前小舎方面を見やる。
15:36、野営場管理所前を通過。
管理所の前を抜けるとすぐ、剱澤小屋が見える。
15:44、剱澤小屋に到着。
小屋の前にはこんな標識が。
なんでこれがこんなところに。。。
と思っていたら、他の登山者が教えてくれた。
天気が良いと、この標識の向こうに剱岳が見えるそうで、撮影スポットなのだそうだ。
でも、肝心の剱岳は厚い霧のヴェールに包まれて、そこに存在することさえ想像がつかないぐらいだ。
剱岳の眺望は諦めて、小屋で宿泊の受付をする。
3連休にもかかわらず、1人1畳を与えられる。なんてラッキー。
そして、荷物を降ろすと早々に、シャワーを浴びる。
石鹸屋シャンプーは使えないが、こんな山奥でシャワーを浴びることができるなんて!
こんな気持ちの良いシャワーは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
メンバー全員シャワーを浴び終えると、小屋の受付で剱岳へのルートの注意点のレクチャーを受けた。
どこが危険箇所で、どこで事故が起きているのか。
昨日も事故が起きているという話に、メンバー全員ショックを受けて青ざめていた。
かわいそうな気もするが、いくら僕が説明しても危険性を十分に理解しなかったのだから、ちょうど良い薬だろう。
その後、小屋前の広場に出てビールを飲む。
といっても、僕はネクターで我慢した。この1週間の禁酒を、こんなところで台無しにしたくない。明日、無事登頂してから大いに飲むことにし、それまではお預けだ。
ほかのメンバーに対して、ビールの1缶も飲むなとは強制できないが、今日のバテ具合や明日のアタックに対するスキル不足・経験不足を考えた場合、今日ぐらい酒を我慢すればいいのに、、、とやや残念な気持ちになる。
そうこうするうちに、剱岳にかかるガスが、薄らいだり濃くなったりを繰り返し始めた。
だが、なかなか全貌は現してくれない。
うーん、、、チラリズムの極み。。。
夕食直前まで粘るも、見えたのは前剱まで。
残念・・・。
5:10、夕食。
豚肉の味噌焼き。
焼きたてホカホカで激ウマ!
幸せである。
夕食を終え、寝床に戻っていると、メンバーの一人が慌てて呼びに来た。
曰く、剱岳が丸見えとのこと。
上着も着ずに慌てて飛び出すと、なんと、あんなに姿を出し渋っていた剱岳の全貌が丸見えである。
明日はあの山頂を目指すのである。
なんということだ。
武者震いがするような姿ではないか。
このすばらしい姿に見とれ、薄手のウールシャツ1枚の格好で寒さを感じながらもその場から立ち去り難く、ただただ眺めては写真を撮るばかりであった。
そのうち、次第に空が赤みを帯びてくる。
向こうに見えるのは剣山荘の明かりだ。
さらに空は赤みを増し、禍々しいまでに染まっていく。
今になって思えば、こういう色の夕焼けの翌日は天気が荒れるんだよなぁ。。。
だが、この時は、ただその凄みのある空の景色に見惚れるばかりだった。
一瞬の後に陽は沈み、あたりは紺色に包まれる。
空には、満月には数日足りない、やや太めの月が昇った。
まさに逢魔が時。
この魔物に、明日の我々は打ち勝つことができるのだろうか。
不安を抱えながら、早めに就寝。
(「2日目 一服剱まで」につづく)
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