(この記事は「3日目その1 ついに大キレット」の続きです。)
北穂高岳に到着した喜びを噛み締めつつも、このあとの行動計画を立てる。
昨夜友人が携帯メールに送ってくれた天気予報によると、明日は昼前から大荒れになるそうな。
もちろん、大荒れになる前から天気がグズつくのは当たり前。
雨の涸沢カールを下るなんて、できれば避けたいシチュエーションだ。
ということは、遅くとも今日のうちに涸沢までは下りておかなければならない。
できれば、横尾まで降りておけば、なお安心だ。
このまま直接涸沢に下りてしまうか、それとも奥穂高を経由して下りるか、悩む。
ただ悩んでいるだけでは時間がもったいないので、昼飯を食べる。
昼飯は、槍ヶ岳山荘で作ってもらった、名物のちまき弁当だ。
これが、美味しい上にけっこうボリュームがある。
ありがたいことこの上ない。
食べ終わる頃には決心がついた。
今日はこのまま直接涸沢に下り、さらに横尾まで下ってしまおう、と。
雨の中を歩くのはもうウンザリだ。
そう決心したら、あとはさっさと下りるに限る。
北穂高小屋の売店前を抜け、石段を上がる。
この石段を上がると、そこは北穂高岳の山頂だった。
だだっ広い。
あいにく、ガスに覆われて何も見えず。
早々に山頂を去って、涸沢方面への道をたどる。
途中、ガスが濃すぎてどれが南峰だかもよく分からないまま、とりあえずとんがったところを写真に収める。
でも、これ、どう見ても南峰じゃないよなー、、、
分からないまま、12:02、涸沢と奥穂の分岐に至る。
たぶん、この分岐の山側の方がまさに南峰だったんだろうけど、この時点ですでに涸沢に下りることしか考えていなかった。
というのも、このすぐ手前の鞍部から涸沢がチラっと見えたからだ。
人生初の涸沢カールに心ときめき、居てもたってもいられない。
心はすでに涸沢カールだった。
分岐のすぐ下からは、東稜越しに北尾根と屏風ノ頭が見えた。
吊り尾根らしき場所もかろうじて見えたが、イマイチ確信が持てない。
いつか、北穂~奥穂~前穂へと縦走をしたい。吊り尾根万歳。
北穂の南稜は、石がゴロゴロであまり歩きやすくない。
岩峰なんだから当たり前と言えば当たり前なのだが、大キレットで使い切った体には、なかなか堪えるものだ。
そのうち、東稜の小ピークが長谷川ピークに見えてきて、軽くうなされそうになる。
標高を下げるごとに、次第に石ゴロゴロというよりも、岩がゴロンゴロンという感じになってくる。
同時に、標高を下げたことでガスの下に出て、視界が効くようになる。
ここからなら、屏風ノ頭も、
北尾根も、
クリアに見渡せた。
これぞまさに、山の贅沢。
12:19、荷揚げのヘリコプターを発見。
無性にテンションがあがり、うっかり手を振りそうになるが、紛らわしいので自制する。
でも、がんばってくれ、東邦航空。
僕らの山小屋ゴハンは君たちの双肩にかかっている!
心からのエールを送りたい。
12:33、涸沢カールの全容が見えてきた。
嗚呼、、、生きていて良かった。
上の方に雲がかかっているのは残念だが、それでもこれほどまでの景色をありがとうと言いたい。
誰に伝えればいいのか分からないが。
などと喜んでいたのも束の間、ここから涸沢までの下りは、意外なほどに長く険しかった。
まず現れたのが、長い鎖場。
そしてハシゴ。
大キレットが終わって完全にお散歩コース気分での下山だったが、一気に現実に引き戻された。
そう、ここは穂高連峰。日本の屋根なのだ。
鎖やハシゴの無い箇所も、結局は岩がゴロゴロの決して歩きやすくはない道だ。
常念岳のトンガリが美しく、それだけが心の支えだ。
わざわざ狭い場所をルートに指定されてみたり、
やたら緩い角度の長いハシゴを降りてみたり、
スラブ状の長い鎖場を降りてみたりしながら、
どんどん標高を下げていく。
西側にはザイテングラート。
本当はあそこを歩いてみたかった。
と、ホゾを噛む思いで見ていると、急にガラガラッ!という音が、まさにザイテングラート方向から聞こえてきた。
落石だ!
落石の場所を特定しようと一生懸命探すも見つけられず。音だけが耳にこびり付いて、涸沢カールの怖さを脳裏に焼き付けられることとなった。
こんな石がゴロゴロのところを歩いていると、落石の音が脳内再生されるたびにドキドキしてしまう。
13:23、登山道はいよいよハイマツ帯の中に吸い込まれていく。
次第にハイマツだけでなく、背丈の低い樹木や草花も現れるようになってきた。
こうなってくると、俄然楽しくなってくる。
青や黄色の花が風にそよぐのを眺めたり、花弁にとまる虫を観察したり、すっかり夏休み気分だ。
もちろん、その分移動速度は極端に遅くなる。
まるでここは別天地だなぁ。
ラズベリーの一種か?
ナナカマドの色付きはまだまだ。
この花はグンナイフウロかなぁ。
などとウキウキしながら歩いているが、低木の樹林帯に入ってからもたびたび、三点支持の必要な場所が現れたりする。
そういった箇所の1箇所で、年配の女性2人パーティが、どこから下りるかでマゴマゴしていた。
それを尻目にスルスルと下りたところ、その年配のご婦人から、
「下から、足の置き場を見てくださらない?」
と声がかかる。
特に急ぐわけでもないので、アッチだコッチだと指定してやると、2人とも無事に降りてこれた。
それを見届けて立ち去ろうとする僕にご婦人は、
「ありがとうございました。きっと良いことがありますよ。」
と、ちょっとイキな感謝の言葉を投げかけてくれた。
その先も、手を伸ばせば届きそうな気がするのに、全然たどり着けない涸沢を眺めながらの下山がつづく。
13:59、尾根の影から、涸沢小屋の姿が見えた。
14:01、涸沢小屋に到着。
テラス席に座り、身支度を兼ねて10分間ほど休憩を取る。
思ったよりも足に来ているようで、随分コースタイムをオーバーしてしまった。
14:12、再び歩き出す。
涸沢小屋から涸沢ヒュッテへは、石段を降りたあと石畳の上を歩く。
石畳の左手には、コバイケイソウの群生地。
終わりかけのこの状態でも心奪われる景色であるのに、最盛期の美しさはいかばかりであったろうか。
僕の貧困な想像力では、とても考えられるものではない。
涸沢ヒュッテの手前では、平日にもかかわらずたくさんのテントが張られていた。
見ると、みな若い男女のパーティで、他の山域では見かけないようなリア充っぽい人々だった。
こんなところでソロテント泊だったら、さぞかし寂しいんだろうなぁ。。。
涸沢ヒュッテには立ち寄らず、そのまま本谷出合方面へ下りる。
が、その前に、涸沢カールをバックに写真を1枚。
自分の小ささを再確認できる、いい絵ヅラに仕上がった。
思い上がりそうになったとき、改めてこの写真を見て己を戒めようと思う。
14:23、パノラマコース方面に向かう雪渓の道が現れる。
残念ながら、僕のルートはこっちではなく、沢沿いを下りるルート。
真正面には、屏風の西壁の威圧的な姿が。
沢は水量もそこそこで、清流をたたえて、
次第に川となっていく。
横尾尾根と屏風の間からは、常念岳も見える。
やっぱり常念岳は美しい。
来し方を見ると、穂高連峰。
この先、登山道はすっかり樹林帯に入り、斜面も緩やかになる。
所々に置かれた「落石注意」の看板。
たしかに、落石がありそうなところだ。
横尾本谷には雪渓が少しだけ残っていた。
この地点からは遠くに一ノ俣谷(たぶん)も見えた。
ここからルートは東に向かう。
相変わらず登山道には石がゴロゴロだが、土も現れてきた。
こういうトレイルが心から好きだ。
横尾尾根のエグれっぷりもすごい。
15:28、本谷橋に到着。
よく見ると手前に小さな橋があるのだが、せっかくなので奥の長い吊り橋を渡った。
吊り橋から見た横尾谷の下流方向。
橋を渡りきったところに、道標があった。
横尾谷左岸から見る屏風岩は、すごいの一言。
僕が今更どんなに練習したところで、こんなところ登れる気がしない。
左岸の道は、なんとも平凡な登山道。ササとか生えてる。
とはいえ、カラフルな草木が目を楽しませてくれるわけで。
すっかり色づいたナナカマド。
アジサイ。
16:02、岩小屋跡に到着。
うーん、16時までの横尾山荘にたどり着けなかったかー。。。
やっぱり思ったよりも足に来ているらしい。
正直なところ、この先の広々とした川原は、本当にただ広々としているだけだった。
あまり面白いとも思わなかったので、写真は撮らず。
16:23、やっと横尾山荘の手前の吊り橋に到着。
これを渡ればいよいよ横尾山荘だ。
走り出したい気持ちを抑えながら、一歩一歩踏みしめる。
吊り橋の上から見た梓川。
16:25、横尾山荘到着。
受付にたどり着き、予約していない旨を告げても笑顔で応対してくれる。ありがたいことだ。
横尾山荘には、なんといっても風呂とシャワーがある。
しかも、、非常にキレイな風呂だ。
シャンプーも石鹸も使えないが、温かいシャワーを浴びるだけでも生き返る想いだ。
サッパリしたところで、ビールを買って山荘前の広場で一人しみじみと飲む。
奥穂高がハッキリと見えた。
ついに奥穂高の姿を見ることができた。
北穂高小屋で奥穂高行きを決断していたら、あの姿を間近で見ることができたに違いないと思うと、果たして今日横尾まで下りたのは本当に正しかったのだろうか。
こんなに天気が良いのに、本当に明日は天気が崩れるのだろうか。
その答えは明日になれば分かる。
17:50、夕食。
大変美味しくいただいて、部屋に戻り、読書をしつつ寝落ち。
明日の朝はのんびりだ。
(「4日目 横尾~上高地」につづく)
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