(この記事は「計画概要」の続きです。)
山の朝は早い。
が、この日は朝一のスーパーあずさではなく、8:00のあずさに乗ることにした。
というのも、麦草峠に向かうバスは本数が極端に少なく、それより早い特急に乗っても茅野駅で待ち呆けになるだけなのだ。
新宿から茅野に向かう車中からは、爽やかな青空が見えていた。
天気予報によると八ヶ岳は曇り一時雨。車窓から見える空の様子とのギャップに戸惑う。
茅野駅で特急あずさを降り、麦草峠行きのバスに乗り込む。
揺られること1時間。空にはどんどんヤバそうな雲が広がっていく。
結局、天気予報のとおりなのだろうか。
11:40、麦草峠に到着。
麦草ヒュッテ前で出発の準備をする。
この麦草峠は、3年前に八ヶ岳全山縦走をしたときに、このバス停を見て心が折れかけた思い出の地である。
ここからバスに乗ればお風呂と布団にありつけるのだと思うと、帰りたくて仕方なくて、麦草ヒュッテで買ったコーラを飲みながら、20分も座り込んでいたのだ。
今となっては、なぜあの時あんなにもキツかったのか、理由は分からない。
11:59、麦草峠を出発し、早々に分岐にぶつかる。
もちろん左へ向かう。
このあたりで、一人の初老の女性から、
「私はどちらに向かえばいいんでしょうか」
と、尋ねられる。
よくよく話を聞くと高見石に行きたいらしいのだが、道もままならない上にジーパンにスニーカーという軽装。ちょっと怖い。
さて、このあたりは、もう秋の訪れを感じるような空気の中でも花がたくさん咲いていた。
この時期の定番・トリカブト。
ヤナギランのツボミ。
最初はこんな、整地された遊歩道。
12:01、ちょっと変わったシカ除けネットが現れる。
ポールを地面の穴から引っこ抜いて通過し、通過後にまたその穴にポールを挿す、という仕組み。
その際、その穴だけだと充分な固定ができないため、ポール上部はヒモで引っ掛けて2点で固定するという、複雑な仕様だ。
これを通過すると、いよいよトレイル感のある道となる。
12:20、「黒曜の森」という看板が現れる。
確かにこのあたりまで来ると、苔が濃くなってきた。
そのすぐ先で、木道が始まった。
木道はシラビソやシャクナゲの開けた樹林の中を、縫うように敷かれている。
足元には大きな岩がゴロゴロ。いかにも北八ヶ岳といった風情だ。
大きなクモもいる。
この場所は「白駒の奥庭」というらしい。
この奥庭を抜けて再び背の高い樹林帯へ入り、12:30、白駒池入口の駐車場への分岐登場。
分岐からはすぐそばに駐車場が見える。
もちろん駐車場には用が無いので、そのまま白駒池に向かう。
白駒池入口の分岐から先は、まさに苔天国。
コケの発色が悪いのは、僕の腕とカメラの性能の問題。
実際には緑の絨毯。ジブリな感じの風景が続く。
12:35、「白駒の森」という看板が現れる。
奥に進むと、さらに苔が濃くなってくる。
早くも、北八ヶ岳の本気を見た気がする。
12:43、白駒荘と青苔荘の分岐が現れる。
分岐にはルート案内が掲示されている。
直進すれば、白駒荘の手前で白駒池の池畔に出る。
左に行けば、池畔に出ないままに青苔荘に至る。
せっかくなので白駒荘方面に向かい、その後、青苔荘方面に池畔を歩くことにする。
12:50、池畔に出る。
完全に曇っているので、風景としてはイマイチだ。
右手にあと100mほども進めば白駒荘なのだが、たくさんの子供が大騒ぎしている声が聞こえてきたので、白駒荘には寄らずに、青苔荘に向かって池畔の木道を歩く。
池畔は気持ちの良い道ではあるものの、代わり映えのしない景色が続く。
12:58、青苔荘に到着。
山荘前のテーブルは、山荘で料理を注文した人用の席っぽいので、我々は池畔に出て、持参した昼ゴハンを食べることにした。
池畔には桟橋があり、手漕ぎボートが係留されていた。
ここだけ切り取ると、井の頭公園と何ら変わりない。
白駒池の解説の看板も立っていた。
ここで腰を落ち着け、昼ゴハンを食べていると、池の水面から「ドボン」という音が聞こえてきた。
ん!魚が跳ねたか?! それとも、鳥が池の魚を狙ってダイブしたか?!
と、ワクワクしながら様子を見ていると、何のことは無い、近くの家族連れの子供が石を池に投げ込んでいただけだった。
何してくれてんねん。
さて、そろそろ重い腰をあげようかという時に、イトトンボが目に留まった。
飛ぶ元気も無いようで、ずっと岩にしがみ付きっぱなしだ。
もう秋なんだなぁ。
結局、昼ゴハンは20分ほどの大休止となった。
ニュウへはここから3.2km。
青苔荘前を通り、
テント場を抜け、
ダケカンバの森に入る。
13:33、東屋を通過。
ここから風景が一変する。
看板には「もののけの森」と。
このネーミングと『もののけ姫』とは、どっちが先なのかと、ふと思う。
なおも続く緑の波。
いったん、再び池のほとりに出た後、
13:43、そのまま池のほとりを周回するコースと、我々が向かうニュウ方面への分岐 に至る。
ここからがいよいよ「登山」の始まりである。
しばらくは、木道をつたっての緩やかな上り。
が、木道はすぐに途切れ、だんだん登山道らしくなってくる。
13:52、登山道脇の倒木の影に、連れがギンリョウソウを発見。
写真を撮りながらやや離れて最後尾を歩いていた僕がその場に追いつくまで、3人で
「変なものがある」
「これはいったい何なんだ」
などと話をしている。
もちろん僕はドヤ顔で
「それはね、ギンリョウソウというんだよ。植物だけど自分で光合成できないから、寄生して栄養を吸収しているんだ。」
と解説する。
まるでEテレの教育番組の博士になったようで気分が良い。
若い連れたちからすれば、オッサンに山に連れてこられた挙句にウンチク聞かされてドヤ顔されるというのもなかなかシンドイだろうが、そこは諦めてもらうしかない。
もちろん、ギンリョウソウ以外にも、ウェットな北八ヶ岳ならではの植生が観察された。
食ったら美味いかもしれないけれど、食う気にはなれないキノコ。
フカフカのコケ。
コケの上に芽吹く樹木。シラビソか?
そして、下生えのように一面に息づくシラビソの幼木たち。
植林帯のような薄暗い森でなく、適度に日差しが地表まで降り注ぐ環境だからこそ、これだけ地面に近いところで多くの植物が生きていけるのだ、と、連れの一人にウンチク返しをされる。
このウンチクをかましてきた連れとは度々一緒に山に行くのだが、登山経験自体は浅いものの、子供の頃から森の生き物に対する思いが強く、大学に進学する際も「海の生き物を勉強するか、森の生き物を勉強するか」の二択で受験対象を絞ったという強者だ。
実はこの連れの影響で、僕も野鳥に興味を持つようになったという経緯がある。貴重な山の仲間だ。
問題は、僕とその連れとが、野鳥やら植物やら昆虫やらを気にしすぎて立ち止まりすぎるため、行程の進捗が極端に悪いということである。
多分残りの2人は、「コケの森を逍遥する」という程度の心構えだったのではないかと思うのだが、僕ら2人が鳥の鳴き声を間近で聞くたびにいちいち立ち止まってその姿を探すので、多少ウンザリしていたかもしれない。ゴメンナサイ。
そんな、極端なのんびりペースでのハイキングも、14:04、予定を大幅に遅れて白駒湿原に到着。
空模様もかなり回復してきて、気持ちが良い。
立ち枯れのシラビソと白い雲と青い空。最高のコントラストだ。
こういう開けた場所は、鳥の姿を目視しやすい。
となれば当然のごとく、鳥を探す。
結果、湿原の反対側の梢にキツツキの姿を発見。コゲラなのかアカゲラなのかを議論し、時間を空費する。
結局、サイズ的にアカゲラではないかというところで決着した。(逆光で、色がよく見えなかったのだ。)
はたして、日が暮れる前に黒百合ヒュッテに到着できるのだろうか。
湿原を抜け、再び土と岩がむき出しのトレイルを歩く。
とにかく北八ヶ岳はキノコがたくさん。
多分これは、食べると1upするヤツだ(確信)。食べないけど。
トレイルは濡れたゴロゴロ岩で、滑りそうで怖い。
だんだん斜度を増していく。
なんだかんだで、決して歩きやすい道ではない。
連れがアカゲラの羽を拾った。
アカゲラじゃなく、コゲラかもしれない。(議論再び)
14:29、「にゅうの森」という看板が現れる。
「にゅう」って、やっぱり名前がかわいい。
14:32、分岐。
ここから、さらに斜度が増す。
今回の行程でよく見かけた、黒っぽいキノコ。
少なくとも、食欲はそそられない。
岩と根っこだらけのトレイルを上り、
尾根に上がる頃には斜度が緩くなる。
尾根に上がってすぐ、15:00、分岐。
本日唯一のピークであるニュウはもうすぐだ。
15:03、えらい薄っぺらくなった木が倒れていた。
これはいったいどういう状況なのだろう・・・。
広い尾根をニュウに向かって歩く。
3人目がアホのように突っ立っているのは、アホなのではなく、この期に及んでまだ鳥を探しているのである。
ちなみにここまで、コースタイムどおりに歩いていたら休憩含めても2時間程度で到着するところを、すでに3時間以上かかっている。1.5倍以上だ。
行動計画時にかなりのバッファをとったつもりだったが、全然見積もりが甘かった。
そもそもリーダーとして行動スケジュールを管理べきである僕が一緒になって鳥を探しているのだから、そりゃ一向に進捗しないのは当然だ。
ニュウの崖沿いの稜線に上りつめる道は、特に険しい。
このあたりのルートについて、「山と高原地図」の2011年度版と2014年度版の違いに疑問を感じた。
具体的には、以下のとおり。
下の地図は、左が2011年度版、右が2014年度版だ。
2011年度版では、ニュウのピークに立つには、北側の尾根から直に上るのではなく、いったん西に巻いて南西尾根に上がる。
一方、2014年度版では、北側の尾根から直接ピークに登れるかのような表現になっている。(これは、連れが持っていた2015年度版でも同じだった。)
事実は、2011年度版のほうが実態に近いように思うのだが、それとも過去には、今の登山道よりももっと稜線の西側に上りつめるように道がついていたのだろうか。
いずれにせよ、斜面を上りつめて尾根に出ると、左手(東側)にニュウのピークが見える。
これまで僕は、遠くからニュウの崖を見たことがあるだけだった。
実際にそのピークをこんな間近で見たのは初めて。心が躍る。
15:15、ニュウのピークに到着。
足元は崖。
(そう、結局登山靴は今回もスポルティバのパミール。ザンバラン高かったのに、どうしよう・・・。)
ピークのピークに登って、撮影してくれと連れにせがむ私。
その様子を第三者視点で撮影されるという辱めを受ける。
さしずめ、「バカと煙は高いところが好き」の図といったところか。
山頂からは、かろうじて東天狗が見えた。
北側には、白駒池と、縞枯山(たぶん)。
ニュウのピークをたっぷり堪能して、15:33、ピークを後にする。
ここから中山峠を目指すのだが、ここでちょっとだけ道を間違いやすいポイントがあり、我々は見事にそれにハマってしまった。
それは、この崖沿いの稜線から北側にちょっとだけ斜面を降りて、分岐を西にたどる必要があるのだが、その分岐が意外と目立たないということだ。
このため、
「あの分岐、こんなに下るんだっけ???」
と思いながら、来た道をずんずんと下ってしまった。
気付いたときには、上り返すのが憂鬱に感じるぐらいに下ってしまっていた。
急いで上り返し、稜線直下の分岐にたどり着いたのが、15:54。
さすがに時間がヤバくなってきたので、念のため黒百合ヒュッテに電話をして到着時刻が遅くなりそうな旨を伝えた。
(ニュウのピーク周辺はauの電波が入った。)
そこからは、黙々と稜線沿いの登山道を歩く。
岩と根っこの道なので、斜度は無くてもなかなか険しい。
この道は途中から中山の山腹をトラバースするのだが、そこまで来ると森の様子が少し変わってくる。
中山らしい、シラビソの開けた森だ。
16:40、主脈の縦走路に出る。
ここまで来れば、中山峠はもうすぐだ。
立ち枯れのシラビソの道。
展望のきくところからは、天狗岳が見えた。
連れのみんなからこぼれた溜息は、どういう意味合いであったか。
頭上の開けた登山道を下り、
16:55、中山峠に到着。
ここまで来れば一安心である。
が、だいぶ遅くなってしまった。
黒百合ヒュッテへへ向かって木道を歩く。
17:00、黒百合ヒュッテ到着。
小屋の前には大量の薪が積み上げられていた。
チェックインして、汗だくになった服を着替えたら、生ビールで乾杯。
山小屋でよく見る、このマムートマークの入ったジョッキ。連れの間で「家に欲しい」と大評判だった。
原宿のマムートショップでも見たことないから、売り物ではないんだろうなー。
18時から夕飯。
大変おいしくいただく。
連れのうちの若い男子2人は大学時代に体育会系の部活をしていたためか、山歩きの後のメシでスイッチが入ったらしく、ひたすらゴハンのお替りを繰り返した。
普段そこまで食の太いヤツらではないので、ちょっとビックリした。
今後こいつらとテント泊するときは、それなりに食料を持っていくことにしよう。でないと気の毒だ。
さて、この日の黒百合ヒュッテは、混雑はしているものの、1人1枚の布団は確保されており、寝ること自体には不安は無さそうだ。
ただ、我々が割り当てられた3階の寝床は、3階というよりも屋根裏で、天井が極端に低い。
こりゃ、夜中は暑くなるぞ。
ちなみに、僕ら同様にこの3階を割り当てられた若いカップルの男性のほうが、
「えー、同じ料金なのに、2階と全然違うじゃん。せめて仕切りとか無いのかよ」
と文句を言うのに対して、女性のほうが、
「山小屋はこういうものだよ、仕方ないじゃん、到着順だし」
となだめていたのが印象的だった。よくできたカノジョだ。
全体的に客層は、比較的若い(というか、妙齢の)女性が多く、さすが黒百合ヒュッテといったところか。
こういう客層の山小屋は、僕は燕山荘以外に知らない。
そんな客層だからソロの客は非常に少なく、実際、僕もそれを理由にソロで来るのを避けていたのである。ここに一人ぼっちでいるのは、一人で居ることに慣れている僕でもキツい。
そんな中、ソロで来ていると思われる、スーツにネクタイ姿の男性客が異彩を放っていた。
日本全国で度々目撃されるスーツ登山者だが、この彼が他の目撃例と違っているのは、靴が革靴ではなく、登山靴であることだ。
ということは、何かの拍子でここまで来てしまったということではなく、ワザとその格好で山に登っているということだ。
マスターキートンの悪い影響だろうか。
いろいろな人がいるものである。
さて、我々はというと、あんまり早くこの狭い寝床に上がってもシンドいので、もう1杯生ビールを飲むことにした。
こうして黒百合ヒュッテの夜は更けていく。
(「2日目 天狗岳から唐沢鉱泉」につづく)
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