このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2015年6月11日木曜日

山行記 : 2015年4月29日~ 大峰奥駈道 5日目 その2 ひどい判断ミス



(この記事は「5日目 その1 笠捨山まで」の続きです。)


さて、笠捨山の山頂という本日のハイライトを迎えたのは良いが、やっぱり眺望は得られず。
さっさと先を急ぐことにした。

延々と下る。
延々。

しばらくすると、雲の下に出たのか、視界がクリアになる。

13:03、葛川辻に到着。

この先にあるのは地蔵岳。本日一番の難所である。
地図では破線ルートになっている。
正直なところ、この疲労具合で、破線で表現されるような濡れた鎖場を無事に通過できる自信が無かった。

地図を見ると、地蔵岳を巻き、香精山の手前に出る道がある。(赤矢印のルート)
同じ破線ルートを歩くなら、こちらを歩こう。
そう判断し、巻き道に踏み込んだ。そう、日和ったのだ。
これが、この山行最大の判断ミスだった。
今思い出しても、無念で歯噛みせずにはいられない。

巻き道の出だしは、これまでの行程を考えれば普通な印象。
特に整備が行き届いているというほどでもないが、歩きにくくもない。
ただ、落ち葉の様子から、この道を歩く人が滅多にいないことは推測が容易についた。
そりゃ、ここまで来て日和るヤツはそうそういるまい。

次第に、お約束のように崩落箇所が現れる。
もはやこの程度では驚かなくなっていた。
この山域の巻き道は、だいたいみんなこんなもんなんだろう。

また、度々現れる小さな橋は、足を乗せるのに不安を感じるケースも多い。

どこが道だかも見て取れないような箇所もある。
(写真右下隅から写真左中段へと道が伸びているが、現地で肉眼で見てもよく分からなかった。)

13:47、もはや橋としての役目を担える状態に無い何かが現れる。
当然、この橋に足を乗せるのは避け、山側を無理やり歩いた。

もしかしたら、ここは廃道なのかもしれない、と不安が脳裏をよぎる。
この先、奥駈道に戻れるのだろうか。。。

13:54、現れた橋は朽ち果て、それを避けて通るべくトラロープが一本垂らされていた。
まさに命のトラロープ。

さらに次の橋も朽ち果てていた。
こういう朽ち果てた橋を見ていると、羽根田治氏の『単独行遭難』に出てきた、徳本峠で橋を踏み抜いて骨折した男性の話を思い出す。
こんなところで踏み抜いたら、通る人も居ないだろうから、徳本峠の男性のようにたまたま発見されるという僥倖も望めないんだろうなぁ。。。

14:05、斜面の上に小屋が現れる。
山仕事の人の休憩小屋かなんかなんだろうけど、こんな急斜面に建っているのを見ると、なんだかとても恐怖を覚える。

14:06、地蔵岳に直登すると思われるルートへの分岐が現れる。
が、肝心のその道は見つからない。どうやって上るのだろう、こんな急斜面を。。。

14:17、沢を渡る。
目星をつけながら歩くが、当然道は無い。

沢を渡り終え、道を探し出して再び歩く。

14:19、ついに、上葛川へ降りる道との分岐(赤丸部分)に到着。
地図のとおりであれば、あと15分も歩けば稜線に戻れるだろう。

が、分岐には、嫌な道標が立てられていた。
上葛川方面への矢印には
「集落 うらしま 約50分~1時間」
と書いてあり、一方で、僕が進みたい稜線へ抜ける道の方向は「×」と書いてある。
ものすごく嫌な予感しかしない。

引き返すにしても、葛川辻に戻った時点で15時過ぎ。もはやこの山行は破綻する。
いや、予備日を設けているので日程的には問題ないし、水もある程度は余裕があるので葛川辻で幕営することは可能だ。
しかしながら、行仙小屋の管理人の話によれば、明日は前線の影響でしっかり雨が降るという予報とのことだった。
今日のような小雨でも日和ったのに、本降りの中で地蔵岳を越える自信はもう無かった。
なので、引き返すという選択はもうあり得ないと思っていた。

であれば、直進するか、上葛川に降りるか、2つに1つだ。

僕は直進することを選んだ。
道が荒れていても、もう稜線までの距離はタカが知れている。行って行けないことはないだろう。

実際、最初のうちは、確かな道があった。
道端の木に作業ジャンパーのようなものがくくりつけられていて、気味悪さを助長していた。

14:22、倒木によって道が塞がれていた。
いや、この程度の倒木は、大峰奥駈道に入って数え切れないほど乗り越えてきたので、それ自体は何の気にもならなかった。
が、この倒木の向こう側から、突如として道が無くなったのだ。
地形図によれば、標高を少しずつ上げながらダラダラとトラバースし、最終的に稜線に出るはずだ。
が、この先まで少し行ってみても、道らしきものは発見できなかった。

途方に暮れる。

道が無くても、方角は分かるのだから無理やり行ってしまうかとも考えた。
実際、ザックのサイズが30リットル程度ならそうしていたに違いない。
が、105リットルのザックを背負って道の無い樹林を歩くのは、僕の体力と体格では無理だ。

「下山」という2文字が脳裏をよぎる。
「踏破失敗」という4文字も脳裏をよぎる。

そして、再び途方に暮れる。

やはり地蔵岳を巻こうと思った時点で、この山行は失敗に終わる運命だったのだ。
将棋で言えば、巻いた時点で「詰み」だったのにちがいない。
オレの人生はいつもこうだ。肝心なときに日和って、全てを台無しにする。

諦めて、上葛川への分岐まで戻ったのが14:32。
ここから、上葛川への長い長い撤退行軍が始まる。
気分はバターン死の行進である。

ちなみに、この分岐の小さな道標に書いてあった「うらしま」とは、どうやらこの道を下ったところにある民宿の名前のようだ。
が、手元に紙で持っていた2012年の「山と高原地図」にはその民宿の存在が記載されているものの、iPhoneに入れてあるアプリの「山と高原地図」では、記載が無かった。
これは、廃業している可能性が高いぞ。。。
集落に降りても、その先どうするべきか悩ましいところである。

さて、集落へと降りるこの道も、最初はこれまでと然して変わりのない感じだったが、
次第に道が怪しくなってくる。
ここで道が途切れたら葛川辻まで引き返して、明日命を賭して地蔵岳を越えよう。

と思ったが、標高を下げると次第に道は明瞭になり、
 切通しなんかも現れる。
こうなってくると、もうルートファインディングも必要ないし、撤退行軍なので、暗い気持ちで足が重たいだけの行程だ。

崖沿いの細い道を歩き、
15:34、滝が現れるも、全くテンションは上がらず。
この沢から、この下の集落は水道水を引いているようで、黒いパイプが登山道上に伸びていた。
看板で注意喚起もされている。

急斜面の下には、水量豊富な沢も見えた。
それにしても、こんな急斜面に植林するとは、本当に頭が下がる。

15:51、舗装道路との合流地点に到着。
いよいよアスファルトを踏みしめることとなる。

15:56、集落が見えてきた。

段々畑も美しい。

正直なところ、もっとウラぶれた寒村であろうと思っていたので、この小奇麗な様子にちょっと意外な思いがした。

が、それも束の間、上葛川のバス停に到着して、その陸の孤島っぷりに愕然とした。
どうやら、今日はもうどこにも行けないらしい。

そして、集落を歩きながら、自分のauの携帯電話の電波をチェックするも、ほとんど電波は入らない。
こりゃ、タクシーも呼べないのか。。。

16:00、旅館うらしまの前に到着。
案の定、窓も固く閉ざされている。

戸数はけっこうある集落なのだけどなぁ。。。

しばらく歩き、上葛川口のバス停に到着。
 上葛川バス停よりは幾ばくか便数も多いが、休日には1日1本しかない驚愕の時刻表。
とりあえず、ここで一休みして、この後の身の振り方を考える。

まず現在地である上葛川口バス停だが、このすぐ近くには登山口があり、大峰奥駈道に復帰することも比較的容易に可能だ。
本日幕営予定だった場所までも、1時間も歩けば到着する。なんなら、今から歩いても18時前には幕営予定地に到着するのだ。
が、すでにそんな気力は萎えていた。今から奥駈道に復帰したところで、「踏破」とは言わないよなぁという思いが、苦労してまで復帰する気力を奪っていたのだ。

明日、天気が良ければ稜線に上がって山行を続けてもいいな、とは思ったものの、雨天であればもう山には入りたくないという気持ちだった。

実は、僕は濡れるのが大嫌いなのだ。
濡れるのがイヤ過ぎて、沢登りには一切足が向かないし、普段の生活でも風呂に入るのがストレスだったりするのだ。(風呂には入らないわけにいかないから、我慢して毎日入っているけれど。)
だから、雨も非常に嫌いだ。

そんなわけで、明日雨が降ったら、もうこのまま下山しようと決めた。
晴れたら奥駈道に復帰する。

残念ながらauの電波は入らず、従って、天気予報を見ることもできない。
こうなれば、最終判断は明日の朝まで持越しである。

そうと決まれば、今日のところはこのバス停で野宿しよう。
バスが来ないバス停なのだから、誰の迷惑にもなるまい。

と思っていると、バス停の隣の小屋で僕より少し年上と思われる男性2人が軽トラックでやってきて、なにやら作業をおこなっている。
どうしても天気のことだけは気になって仕方が無いので、声をかけてみた。
「明日の天気の予報はご存知でしょうか」

すると、平地では小雨程度という予報だが、山の上は本降りじゃないかとのこと。
あー、ダメだこりゃ。登るのは止めよう。

そうなると、この場所からいかにして脱出するかが課題となる。

バスは、明日の15:57まで来ない。
となるとタクシーか。
だが、タクシーを呼ぼうにも、携帯の電波が通じない。
困った挙句、先程天気予報を教えてくれた男性に、電話を貸してもらえないかとお願いしてみた。
すると、困惑しながらも快く応じてくれて、ご自宅まで連れて行ってくれて、そこで電話を貸してくれた。
(その男性によると、この集落ではドコモしか電波が通じないのだそうだ。)

ところが、タクシー会社に電話すると、ゴールデンウィーク中は全部予約で埋まっているので応じられないとのこと。
なんということだ! 
電話を貸してくれた男性とその奥さんにその旨を伝え、明日バスが来るまで待つ旨を話したところ、ガックリと肩を落とす僕に奥さんが何気ない一言を発した。

「そんな時間までバスを待つぐらいなら、歩いたほうが早いんじゃない? どうせ山を歩いて熊野本宮まで行くつもりだったんでしょ?」

これこそ天啓である。
なぜ僕はその選択肢に気付かなかったのだろうか。
朝5時に出発して舗装路を歩けば、十津川温泉まで5、6時間ぐらいで着けるのではないか。これは壮大な巻き道歩きだ。
その先にバスがあるのかどうかもよく分からないが、これは面白い試みになりそうだ。

男性と奥さんにお礼を言い、明日歩いて出発する旨を伝えてお宅を辞した。
ウキウキしながらバス停に戻り、今晩の寝床作りをする。
屋根があるというのは、こんなにも心強いものであるのか。

外は小雨模様だが、座ったり寝っ転がったりしながら読書をしたり、残り少なくなったウィスキーを飲んだり、音楽を聴いたりしながら夜を楽しんだ。

明日はひたすら舗装路歩きである。


(「6日目 もはや登山ではない」につづく)



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