(この記事は「1日目 八方尾根~唐松岳~五竜山荘」の続きです。)
山の朝は早い。
例によって、午前2時ぐらいから腰痛で目が覚めて、そのまま全然寝付けなくなってしまった。
本日の日の出は4:48。
せっかくなので、4:30過ぎぐらいからモゾモゾと起き出し、テントから這い出す。
テント場から稜線に上がると、微妙な朝焼けが始まっていた。
稜線の東側は朝焼けなのに、西側からは雨粒を含んだ強風がバンバン吹き付けてきていて、稜線に立っていると全身ずぶ濡れになってしまった。
慌ててテントに逃げ込む。
すると、本格的に雨が降り始めた。
仕方がないので、テントの中で雨音を聞きながら所在なくゴロゴロしていると、雨音が止んだ。
外に出てみると、なんと虹が!
ところが、これなら行けるか!?と思ったのも束の間、またすぐに雨が降り出した。
あーあ、、、
再びテントの中で、フライシートを叩く雨音を子守唄にうたた寝をする。
このまま雨が上がらないようなら、今日はこのままここで沈殿して、明日、遠見尾根を下ろう。予備日も無いことだし、1日の遅延は即計画頓挫を意味するのだ。
そもそも昨日から、全然気持ちが乗っておらず、このままテントの中で食っちゃ寝しながら読書に勤しむのも悪くないなーと思い始めていた。
とは言いながらも、本日の行程は短いので、10時ぐらいまで出発の判断を遅らせることは可能だ。
それまでに天候が回復してくれれば、予定通りのコースを歩いて、キレット小屋に投宿するつもりでいた。
そのまま時刻は9時前ぐらいになり、雨音が止んだ。
でも、どーせまたすぐに降り始めるんだろうとタカをくくって、もう少し様子を見るつもりだったが、トイレに行きたくてテントを出てみた。
すると、ガスってはいるものの、だいぶ雲の分厚さがなくなっていた。
もしかしたら、これならいけるかもしれない。
いつでも出られるように、準備だけは始めたほうが良いかもしれない。
9:30頃になると、谷間に立ち篭めていたガスも概ね晴れた。
これなら、キレット小屋に着く頃までは保ってくれるかもしれない。
急いで撤収作業を行う。
10:13、パッキングを完了させ、出発。
五竜山荘を見上げると、その向こうの白岳には数人の登山者がいた。
体をほぐすにはちょうど良い。
標高を上げるに従って、雲の中へと突入する。
振り返ると、五竜山荘もガスの向こうに薄らと見えるだけ。
今日は眺望の無い山行になりそうだ。
まぁ、雨が上がってくれただけ良しとしよう。
道は次第にガレてきて、
10:41、ついに岩場が始まる。
眺望は、たまにガスの切れ間から得られる程度。
岩場を登り、斜面に付けられたやや頼りない道を歩く。
チングルマもびしょびしょ。
雨こそ上がってはいたものの、こんな天気では乾きようもない。
10:49、ついに今日初めての鎖が現れる。
登ると、そこからまたしばらく、なだらかな岩の道が続く。
11:00、この道が、小さな鞍部を乗越すところに到着すると、年配のご婦人に声をかけられた。
聞くと、そのご婦人の旦那さんが先に一人で五竜岳に向かって戻ってこないとのこと。
そのご婦人は、一人ではとても五竜岳には登れそうにないので、ここで戻りを待っているとのことだった。
お名前と旦那さんの特徴と聞き、途中で出会ったら「奥さんがお待ちです」と伝える旨を約束して、再び五竜岳を目指す。
いったん道は少しだけ下って、崖を登り返す。
ご婦人の姿はすぐにガスの向こうに消えた。
崖は、手足を置く場所がそれなりにあるためか、あまり鎖は設置されていない。
が、険しいのはごらんの通りだ。
もちろん、鎖の設置された場所もある。
岩場を登りながら、どうしても例の旦那さんのことが気になり、崖の下などを覗き込む。
もしザックなんかが岩に引っかかってたりしたら、五竜山荘に戻って救助要請をしなければなるまい。
できれば、そんな悲しい状況には出食わしたくないものだ。
イヤな想像ばかりが頭をよぎるなか、男性2人パーティとすれ違う。
前にいる方の男性に、ご婦人から聞いた旦那さんの特徴を伝え、途中で見なかったかを尋ねると、怪訝な顔をして後ろを振り向き、
「もしかして?」
と、後ろの男性に水を向ける。
男性2人パーティだと思っていたのが、どうやら別々のソロ2人だったようである。
僕のほうから後ろの男性に
「もしかして○○さんですか?」
と声をかけると、そうだと言う。
ああ、見つけた、無事だった。
その男性に、奥さんがすぐそこまで来て待っている旨を説明し、奥さんが居るであろう方角(ガスで何も見えないが)に向かって
「奥さーん! 旦那さんいましたよ! 安心してください!」
と叫ぶ。
すると、ガスの向こうからお礼の返事が返ってきた。
これで肩の荷が下りた。
11:23、山頂直下の分岐に到着。
分岐の北側には、今日これから向かうべき稜線が、まさに龍の背のように連なっていた。
うわー、、、、行きたくねー。。。
もう帰りたいー。。。
しばし呆然と眺めたあと、気を取り直して五竜岳の山頂へと向かった。
山頂はもうすぐ目の前なのだ。
11:29、五竜岳の山頂に到着。
ガスのせいで眺望も大したことが無かったので、さっさと頂上から下りる。
再び分岐に到着すると、本気で悩んだ。
本当にあの酷くギザギザな稜線を行くのか。
地図では、キレット小屋までに危険箇所マークが幾つもある。しかも、いつ雨が降り出すか分からない状態だ。怖い。
さらに言えば、無事にキレット小屋にたどり着けたとしても、翌日に雨が降ったら、どこにもエスケープルートが無くて身動きが取れなくなる。予備日を用意していない身としては、最悪の場合会社を休まなければならなくなるリスクまで生じる。
天気予報がアテにならない状態であるのは、今朝の雨でよく分かっていた。(今日の天気は「曇りか霧、時々晴れ、午後から一時雨」の予報だった。)
だからこそ、雨のリスクを多めに見積もらなければならないのだ。
一方、今なら五竜山荘方面に引き返すのは、それほど難しいルートではない。五竜山荘まで戻って遠見尾根を降れば、今晩は温泉に入って安眠できる。なんと魅力的な選択だろう。
分岐に佇み、まさにこの山行の行く末を分ける判断に逡巡すること数分。
考えてみれば、なぜこの忙しい中を半年も前から休暇申請してここに来たのか。全ては八峰キレットを歩いてみたいが為ではなかったのか。
そこに考えが至り、ついに意を決した。当初の予定通り、キレット小屋に向かう。
五竜の北側の斜面はザレた岩場の急斜面で、滑りやすく、緊張を強いられる。
少し降りたところで振り返ったら、もう登り返す気にはならないような斜面だった。
こうなったら、もう先に進むしかない。
さらに下りる。
岩に「キケン」って書いてあった。
うん、注意喚起ありがとう、でも、見ればわかるよ。
だって、こんなだもん。
これはもうただの崖にしか見えないわけで。
このあと、さらに、何がなんだか分からない鎖場を降りる。
12:05、なんとか鞍部まで降りた。
このヤセ尾根を渡り、G4へと登る。
まずは手始めに岩登り。
登りきると、向こう側に稜線が再び見えてくる。
岩場に付けられた登山道を歩く。
西側は切り立った急斜面。
これにてG4は終わり。
が、本当の危険箇所は、写真右奥に見える黒い岩峰・G5だった。
近づくと、その厳つい姿が禍々しくさえ見える。
初っ端から足の置き場所の少ない鎖場。
このピークを越えれば今度は下りだ。
が、その下りが曲者だった。
足場が少ない上に小さい。
これもつま先で乗っている状態。
荷物が軽ければ何の恐怖も感じないところだが、僕の背中には20kgのザックがある。バランスを崩そうものなら、簡単に背中側に落ちかねない。それが何よりも恐ろしい。
そして再び登り返し、
いくらか登山道っぽいような岩場を越え、
乗越した先に見えたのは、長谷川ピークみたいな形をした岩峰だった。
まさかこの岩峰、一番上まで行かずにどこかで巻道になっているのではないだろうかとルートを見ていると、残念なことに、一番てっぺんの岩に、ルートを示す黄色い「○」印が付けられているのが見えた。(同じ場所から、ピークをズームで撮った写真↓)
今越えてきた岩峰は、G5じゃなかったんだ。。。
こっちがホンマモンのG5だったんだ。。。
腹の底から絶望感が込み上げる。
足元に咲くタカツメクサが慰めてくれているように見えたのは、きっと僕の心が相当弱っていたためだろう。
ピークにたどり着くと、その先には岩のヤセ尾根が続いていた。
スケール感がピンとこない写真で恐縮なのだが、写真中央やや左にある鎖場は、近くで見るとこんな感じだ。↓
取っ掛りの少ない一枚岩で、雨のときには絶対に来たくない場所だ。
この先にある石の廊下。
この廊下の先から、急な下りに転じる。
しかも、ものすごくザレた急斜面。
何が嫌だって、ザレた急斜面ほど嫌なものはない。
思えば、大キレットは岩がしっかりしていて、険しいもののこういう嫌さは無かった。
ここは何てイヤラシイコースなんだろう。
しかも、このザレた急斜面の長いこと。
下から人が来るかもしれないと思うと、石を落とすわけにもいかず、一歩一歩を慎重に歩かなければならない。
これがまた精神的に疲れる。
こんなところで、たくましい植物を見つけた。
なんでわざわざこんな岩の割れ目に根を下ろしてしまったのやら。。。
12:51、なんとか一息つけるところまで下りてきたが、ルートはまだまだ下りが続く。
そういえば、この稜線からは剱・立山方面の眺望が大変良いのだが、昨日からずっと剱・立山の山頂を雲が覆っており、ずーーっとパッとしない眺めだった。
それが、ここに来てやっと、いくばくか雲が晴れて、剱岳の山頂だけが見えるようになってきたのだ。
あの頂に、今年の9月に立つ。
昨年のリベンジである。
心に誓って先を急ぐ。
その後はなだらかな道をしばらく歩く。
たまに岩を乗り越えるが、
基本的にはダラダラとした平坦な道だ。
基本的に道幅は狭いが、歩くには十分だ。
13:14、ちょっとした広場に出る。
ここから来し方を見ると、ギザギザの稜線。
そして、行く手を見ても、ギザギザの稜線。
嗚呼・・・。
ここで、仕舞っていたトレッキングポールを取り出し、使うことにした。
しばらくは三点支持の必要そうな箇所は無いだろうと踏んだのだ。
実際、多少の岩場はあるものの、
トレッキングポールを持ったままで大丈夫な箇所ばかり。
が、13:26、前方にキナ臭い岩峰を発見。
急登の向こうにハシゴがかかっている。
13:34、ハシゴの直下まで来た。
確かにイヤな感じのザレ場だが、コケなければ何ということはない。
ハシゴを登ると、ヤセた尾根。
ヤセ尾根の向こうには、なだらかにピークがある。
13:41、そのピークにたどり着くと、「北尾根ノ頭」と書いてあった。
ちなみに「北尾根」とは、このピークから東に伸びる尾根だ。
なぜ「北」尾根なのかは知らない。
なお、ここは本日の行程において、距離的にはほぼ中間点。
まともな時間にキレット小屋にたどり着けるのだろうか・・・。
軽くめまいを覚える。
向かう先に伸びる稜線は、いつまで経っても遠い。
稜線の西側には東谷。
後立山の稜線から見れば西側だが、黒部川から見れば東側、ということなのだろう。
登山道は下り基調。
14:11、口ノ沢のコルに到着。
コルからは、いきなり厳しい岩登りが始まる。
あの岩峰が「三段登り」と呼ばれる場所のようだ。
まずは一段目。(といっても、どこからどこまでが一段なのかは不明。)
まず、登る。
廻り込む。
廻り込んだ先は、道。
そして再び岩場。
その先はガレ場。
再び岩登り。これが二段目か?
上の方に行くと、ザレ場になり、
そのまま普通の登山道となる。
その登山道の先にはまた岩場。これが三段目か?
これを登ると、やっとなだらかな稜線が現れる。
再び稜線歩き。
そして、せっかく上げた標高をまたもや下げる。
14:41、「山と高原地図」に「2段のクサリ」「岩峰を回り込む」と書かれている地点に差し掛かる。
鎖1つ目。
登ったあとで下を見る。
割と足を掛ける場所に困った。
さらに登る。
岩峰を回り込んで、
2つ目の鎖。
登りきると、
眼下には稜線。
この稜線に降りるために、またもや鎖場を降りる。
普通の登山道に降り立ちホッとしたのも束の間、すぐ目の前には、またもやキナ臭い岩峰。
あそこにも、間違いなく岩場があるに違いない・・・。
うん、やっぱりあった。
15:05、この岩峰のピークは、狭くて丸くて平らだった。
来し方は、相変わらず五竜岳の山頂が雲に隠れていた。
剱・立山もアカン。
こんな重たそうな雲で、よく雨が降らないものだ。
行く方もどんより。
キレット小屋は峰の裏にあるのでギリギリまで見えないのは分かったいたが、それでも見えないと不安になる。
15:06、峰を回り込んだら、岩峰が見えてきた。
あれを回り込めば、いよいよキレット小屋だろうか。
岩峰を回り込むと、
そこにはもう一つ、ピークがあった。(涙
しかも、近付くに連れて、わりと上の方にトラバース道がついているのが分かる。
あんなところまでまた登るのか。。。
トラバース道に至る直下は鉄のハシゴが登場。
そのハシゴに手をかけるには、約2mほどの岩を登らなければならないという親切設計。
これがまた逆層でツライ。
15:17、ハシゴを登り終え、
そのままトラバース道へ。
15:21、このトラバース道の先に、ついにキレット小屋が見えた!
と思ったところに最後の仕打ち。
気を抜いた瞬間に現れる、足の置き場の難しいトラバースの鎖場。
もうこんなの、ヤクザの手口やないですか。
この鎖場が最後の難所で、やっとキレット小屋にチェックインできる。
それにしても、エライところに建てたものだ。
こんなの、大キレットのA沢のコルをちょっと大きくした程度のスペースしかないように見える。
この小屋の人が下山したり小屋入りしたりするのだって、ヘリコプターを使ったりする場合ばかりじゃないだろうから、鹿島槍方面か五竜方面から険しい山道を歩いて来るのだろう。頭の下がる思いである。
15:24、ついにキレット小屋に到着。
行動時間はたった5時間ちょっとだったにもかかわらず、ものすごい疲労度だ。
フラフラになりながらチェックイン。
この日の宿泊客は大幅に定員を下回る人数で、一人で一畳半を専有できた。
快適。
同室のオジサンたちと四方山話などをしながら夕飯の時間を待つ。
夕飯はすさまじく美味い。
ゴハンの炊き具合も完璧。標高2,500m近くあるこの場所で、どうやったらこんなに美味しくゴハンが炊けるのだろう?
もう1泊滞在したくなる美味さである。
豚汁も絶品。豚汁だけでゴハンを1膳食べてしまった。(塩辛いということではない。念のため。)
こんな美味い夕飯を食べてしまうと、明日のテント泊が憂鬱になる。
満腹になったら寝床に戻り、本を読むうちに寝落ちする。
幸せの瞬間だ。
(「3日目 キレット小屋~八峰キレット~鹿島槍ヶ岳~爺ヶ岳~扇沢」につづく)
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