このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2012年2月25日土曜日

オオカミのこと

少し前の『岳人』で、海外からオオカミを輸入して野に放ち、増えすぎたシカを抑制するという案を唱えている団体がいることを知った。
それが、日本オオカミ協会という団体だ。

随分思い切った提言だなぁと思って、その論拠を知ろうと思い、本を2冊ほど読んでみた。

それが『オオカミを放つ』と『日本の森にオオカミの群れを放て』である。


『オオカミを放つ』は、編著の3人のなかにこの日本オオカミ協会の会長と副会長が含まれており、『日本の森にオオカミの群れを放て』は、日本オオカミ協会会長の監修となっているので、日本オオカミ教会の主張を知るには適切な本ではないかと思っている。


本書は両方とも、2007年の刊なので、両方の内容に時系列的隔たりは無い。

その中で、『日本の森にオオカミの群れを放て』はライターが書いた概説的な話で、全体像を掴むにはちょうど良い本だと思われる。
それに対して『オオカミを放つ』は、学者さんが各章を受け持って書かれたスタイルなので、ポイントが深く掘り下げられている印象の本である。

この2冊を読んだところ、オオカミ再導入推進派の主張の議論の前提となっている、日本の自然に対する事実認識としては、以下のような点に絞られるようだ。

  • 現在の日本のシカ(ニホンジカ、エゾジカ)による食害やニホンザルによる被害は、捕食者(ニホンオオカミ、エゾオオカミ)不在により被食者が増えすぎてしまった結果である。
  • シカやニホンザルといった動物をこのまま放置すれば、日本の森林におけるエコシステムは崩壊してしまう。
  • 増えすぎたシカやニホンザルを狩猟によって駆逐しようにも、日本のハンターの平均年齢は60歳を超えており、また、ハンターの数自体減っているので、無理。
  • そもそも人間がおこなうハンティングという行為に、エコシステムの欠落を埋められるかは疑問。

このような問題を打破するための方法として、オオカミ再導入を推進しようとしているわけだが、オオカミ再導入によるメリットを以下のように論じている。

  • 日本の畜産の在り方を見た場合、オオカミが家畜を襲うことは可能性として極めて低い。
  • シカを中心に捕食するので、人間を含め、シカ以外の種(タヌキとかウサギとか)の個体数が減るような心配は無い。
  • オオカミが食べ残したシカの死体が、他の動物にとっても良い餌となり、生物の多様性にプラスに働く。
  • 人間を襲うことはほぼ無い。

としている。

どうしても外国から動物を輸入するということになると、外来種(ブラックバスとかマングースとか)による生態系破壊のことを連想してしまうのだが、その点についても以下のように述べている。

  • ニホンオオカミはそもそも世界各地に残っているハイイロオオカミと種を同じくする亜種なので、マングースを導入した場合のような、そもそも生態系に存在していなかったものを輸入するということではなく、元々存在していて欠落してしまったものを補填するというだけのことである。

まー、たしかに、トキも日本のは絶滅して、今一生懸命トキ保護センターの人が育てているのは中国産だもんなー。そういう意味では、トキは良くてオオカミはダメって話ではないわなー。

実際、アメリカやヨーロッパではオオカミを再導入して上手く行っているケースが多々あるようだ。
本書ではアメリカとポーランドの事例が紹介されていたが、日本オオカミ協会のHPではドイツの事例なども紹介されている。

ということは、たとえば生態系に負のインパクトが無い、と仮定した場合に、最後に残る不安は、なんといっても「人が襲われないか」という不安である。
僕のような登山者にとっては、これこそが身近で逼迫した不安である。
ただ、それについても、基本的にはリスクが小さいとしている。

オオカミが人間を襲わない理由として、獲物としてリスキーだからだと述べている。逆に、獲物としてリスキーだと思わせる、つまり、オオカミが人間に対して恐怖心を抱くような状態にしておかなくてはならないということも書かれていた。

その方法というのは、餌付けをしたり、キャンプ場などに食べ物を残置しないようにする、というのが第一であった。それと同時に、ハンターによる狩猟圧もあればベスト、ということである。
それさえ守れば、余程の天変地異などが無ければ、オオカミが人間を襲うリスクは無いということだ。

ただ、裏を返せば、上記に反すれば人間が襲われるということである。
実際に、『オオカミを放つ』では、キャンパーが襲われる話なども詳らかにされていた。
僕としては、日本の現状を考えた時に、一個人として非常に不安になる話だ。

というのも、このリスク回避についての考え方は、まるっきりクマに対する対策と同じで、現在の日本ではちょっと徹底できなそうだということだ。

たとえば、アメリカではクマが出そうな山域では、食料を密閉容器に入れて持ち運び、夜は木の高いところに吊るしてクマに食べられないようにすることが義務付けられている。そこまで徹底しないと、クマが人間の食料の味を覚えて、食料に吊られて人間を襲うようになってしまうからだ。
日本でも、人里までクマが下りてきて、人家の残飯をあさったりなどの問題が発生し、猟友会が駆除をしたり、ワナで捕獲して山深いところにリリースしたりなどしていることを考えると、どうしてもオオカミが「人間を襲わない」ことの対策を徹底できる気がしないのである。

もちろん、僕自身は食料の処置には非常に気を配っているが、だからと言って、無自覚な他人のせいで自分が襲われてしまうというのはとても怖い。基本的にクマが人間を襲わないことを知っている僕でも、山には熊スプレーを持って行くのである。

江戸時代、旅をする人はヤマイヌ対策に、町人身分でも刀を持って歩いたというから、オオカミの居る山域を歩くときには刀の携行を許してもらうなどの許可を得られるのでなければ、怖くて無理だ。


僕は、個人に出来るシカ対策として狩猟免許を取りたいと思っているぐらいなので、シカの食害を非常に気に病んではいる。だが、今の日本のグダグダ感では危なくて、オオカミを受け入れるのに慎重にならざるを得ないなーと思った次第だ。

今後の日本オオカミ教会の活動に注目していきたい。

2012年2月24日金曜日

エイチプラス福岡店リニューアルと、ホグロフスの70リットルのザックについて

福岡のエイチプラスは、もともと福岡天神にあるIMS(イムズ)という商業ビルの地下1階にあったのだが、それが地上4階に移り、売り場面積も大幅に広くなったということで、見にいった。

たしかに、感覚的には倍以上の面積になったように感じた。
以前の福岡店は非常に狭いところだったので、客側としてはとてもうれしい。

まあ、あえて難を言えば、登山道具のショップというより、アウトドア風ファッションのショップに見えてしまうということだか、それで商品に難が生じるのではないので、特に問題は感じない。

リニューアル前に比べて自転車系のアイテムが減ったような気がしたが、そこは気のせいかもしれない。なにせ僕は自転車をやらないので、そのへんのことがイマイチよくわからない。


せっかくなので、ホグロフスの70リットルのザックを試させてもらった。
僕が今使っている60リットルの旧トリコニ(メーカーはグレゴリー)と、85リットルのイーサー(メーカーはオスプレイ)との間のサイズが欲しかったのだ。
3泊4日のテント泊だと、60リットルでは不足を感じるし、85リットルではやっぱりデカ過ぎる。

70リットルのザックも持っていることは持っているのだが、そのザック(メーカー名は伏せる)はどうもショルダーハーネスと本体の結合が甘いような感じで、背負って歩くと本体がブレるような感覚があってとても不満なのだ。
セールで買ったのだが、まさに安物買いの銭失い。


そんなわけで見せてもらったのが、MATRIX(マトリックス)OXO(オクソ)の2種類。
MATRIXのほうが軽量で、OXOのほうがガッシリしている。
共に2気室。
カテゴリとしては、どちらもトレッキングなのだが、随分と仕様が異なる。
MATRIXのサイズは、下は30リットルからあり、70リットルがシリーズの中で一番大きな容量。それに対してOXOは、下は60リットル、上は80リットルなので、元々が大容量向けの設計。その違いが製品仕様の違いに現れているのではないだろうか。

あまりゆっくり見ている時間がなかったため、重りなどは入れずに背負ってみただけなのだが、 MATRIXを背負ったところ、体に吸いつくような印象で、フィット感が非常にすばらしかった。
ショルダーハーネスの固さ、幅、形状、全てがうまくマッチした。
ウェストベルトは決してゴツくないが、骨盤を包み込むような印象で、いつまでも背負っていたいと思えるような心地よさだった。
ただ、これで20kg以上の荷物を入れた時にどのように印象が変るのかは不明。

また、 MATRIXを購入に至らなかった理由は、その特徴でもあるシンプル構造にある。
本体にポケットは無く、雨蓋にポケットがあるだけ。さらに、フロントパネルはついておらず、本体内部へのアクセスはトップからか、下の気室のジッパーだけである。
この容量で、果たしてフロントパネルが無いことがどの程度マイナスになるのだろうか。そこが計り兼ねて躊躇した。
とはいえ、僕の場合は、フロントパネルで物を出すことはあっても、パッキングの際は必ずトップから順に入れるので、あんまり必要無いような気もしている。昔のザックはそもそもフロントパネルなんて無かったからね。

ちなみに、 MATRIXの黒ボディによく映える黄色いストラップは、この春のモデルからグレーになってしまうそうだ。
黄色の方がいいのになー。。。


OXOのほうは、その気になればテントも入れられちゃうぐらいの大きなサイドポケットや、ボトム部分に収納されている付属のザックカバーなど、欲しい機能を全部実装しました感が満載で、きっと使い勝手がいいんだろうなーと思う。もちろん、フロントパネルも実装されている。
加えて、30kgぐらいの荷物でもヘタったりしないだろう、タフそうなショルダーハーネスやウェストベルトも魅力だ。
ひとことで言うと「豪華なザック」である。そのせいか、値段も豪華だ。。。

ただ、どうもショルダーハーネスやウェストベルトがゴツくて硬くて、イマイチ好きになれなかった。
グレゴリーのショルダーハーネスやウェストベルトも大概だ(やっと最近慣れた)が、その上をいくゴツさだ。北欧のゴツい兄ちゃんにはいいのかもしれないが、僕のような貧弱ガイにはちょっと・・・。
(僕が、オスプレイのイーサーを気に入っている理由はまさにそこなのだ。)

MATRIX、OXO、共に背面サイズの調整はベルクロ式でおこなうため、サイズはワンサイズでの展開である。



マトリックス欲しいなぁ。。。うーん、どうしようかなぁ。。。


2012年2月23日木曜日

第7回 乗鞍天空マラソンエントリー完了!

オンロードのランニング大会では日本一標高が高い大会「乗鞍天空マラソン」についにエントリーしました!

ランネットでの受け付けは2/27からだそうですが、直での申し込みは今週から始まっており、この日を半年間待ちわびた僕はソッコー申し込んだわけです。

標高1,500mをスタートして、2,700mを折り返す30kmのコース。
この大会にエントリーするための試金石として大菩薩コースを走ったわけで、今からワクワクして眠れなくなりそうだ!

見てきた : THE NORTH FACE(ザ・ノースフェイス) 「アクティブシェルフーディー」「クライムベリーライトジャケット」

昨年から、出る出ると予告されていたGORE-TEX アクティブシェルの製品がついに出た。

それがTHE NORTH FACE(ザ・ノースフェイス)の 「アクティブシェルフーディー」と「クライムベリーライトジャケット」。

いままでのGORE-TEXと何が違うかと言えば、その軽さと透湿性だそうで。

理屈はGORE-TEXのサイトに任せるとして、実際に「アクティブシェルフーディー」と「クライムベリーライトジャケット」を見てきたので、その感想を。


まずは「アクティブシェルフーディー」について。

このモデルは、トレイルランニングを想定して作られているので、登山仕様に比べてかなり細身に作ってある。
といっても、伸縮性があるわけではないので、当然、ストレッチ素材のようにピッタリした作りなわけではないのだが、走るときにモタモタしないように考えられている太さになっている。
また、走るときに腿に干渉しないようにという配慮だと思われるが、丈がやや短め。
166cm、57kgの僕で、Sサイズがちょうど。丈は骨盤にかかる程度。

ベンチレーションが脇の下よりやや背中側に2箇所あるので汗抜けは良さそうだが、着たままベンチレーションを開け閉めするのは、少なくとも体の固い僕には無理そう。
また、フロントに1箇所ジッパー式のポケットがあり、中がメッシュになっているので、ベンチレーションとしても使える。

トレイルランニング時の汗抜けを考えて作られているので、雨具でありウィンドブレーカーでありながら、これだけのベンチレーションが用意されているということだろう。
なお、雨具とはいえ止水ジッパーを使っているわけではない。

また、フードにも特徴があった。
フードに台襟が着いた。この台襟が着くことで、後ろにフードをたらした状態で走っても、フードの揺れを少なくできるのだそうだ。
また、軽量化を考えてかドローコードはついていなかった。


これに対して「クライムベリーライトジャケット」のほうは、「アクティブシェルフーディー」よりもややゆったりした作り。
こちらはトレランではなく、通常の登山を想定してのモデルとのこと。要は、薄くて軽いレインウェアという位置付けだ。
 こちらは完全に雨具仕様なだけあって、止水ジッパーを使っており、また、「アクティブシェルフーディー」にはないパンツもセットアップになっている。

また、フードにドローコードはついているが、台襟は着いていなかった。これも「アクティブシェルフーディー」と異なるところ。


結論としては、「アクティブシェルフーディー」に非常に惹かれたのだが、約3万5000円という価格設定が貧乏サラリーマンのフトコロ事情に見合わず・・・。

果たして、マウンテンハードウェアのドライQテクノロジーを使用した「エフュージョンフーデットジャケット」との価格差1万円を埋めるほどのパフォーマンスを、「アクティブシェルフーディー」は発揮できるものなんだろうか。


興味津々だが、金が無い・・・。


2012年2月21日火曜日

欲しい : adidas(アディダス) adizero Takumi Sen

アディダスのパフォーマンスセンター行ったら、ランニングシューズの新作が出てました。

そのなかで、僕がここ1年半ほど使っているadizero Japan もモデルチェンジをしてJapan2 という名前になっていました。
かかととつま先の素材がちょっと変ったとのこと。
それはまた買ったら詳しくレポートするとして。 (買うかどうかは不明ですが。)

今回非常に惹かれたのが adizero Takumi Sen

なんと、アシックスでトップアスリート向けにカスタムシューズを作り続けてきた現代の名工・三村仁司氏との共同開発モデルだそうで。

なぜアディダスから?!
というのも、なんと三村氏はアシックスを定年退職したらしい。
定年制ってのは、なんとも罪作りな制度であるなぁ。

アッパーのメッシュ素材も、通常のadizeroとは違っていて、これまた蒸れない構造らしい。

ソールも薄く、小細工なしの潔い感じ。
ゴリゴリのレーシングモデルだが、実力に見合わないと思いつつも履いてみたくなるシューズだなぁと。
今使ってるJapanが潰れたら、Japan2を買うのかTakumi Sen を買うのか、今から悩ましい限りだ。


2012年2月18日土曜日

瀬古利彦 『すべてのマラソンランナーに伝えたいこと』

瀬古利彦氏といえば、往年の国民的マラソン選手である。
近年は、マラソンや駅伝の解説者としてもおなじみだ。

僕にとっての瀬古氏のイメージは、

  • すげーマラソン選手だった
  • S&B
  • 早稲田大学贔屓 
  • 三遊亭楽太郎(現・三遊亭円楽)が、似てることをネタにしていた
というぐらいだが、これは僕がオッサンだからであって、今の学生たちぐらいの世代はそもそもあまりピンと来ないかもしれない。

でも、すごかったんだってば。宋兄弟とかも同じ世代で、当時は日本の男子マラソンにスター選手が事欠かなかった。
で、そんな往年の名選手・瀬古氏がマラソンの秘訣を分かりやすく著したのが『すべてのマラソンランナーに伝えたいこと』。

内容としては、練習と根性だ、という話に落ち着く。
が、そこに至るまでの含蓄が、やはりトップアスリートだった人だけあって深い。

文字数が少なくサラっと読めるのも嬉しい。


あと、作家の村上春樹氏との関わり(交際というほどではない)の話があり、作品からはうかがい知れぬ村上春樹氏の素顔が垣間見れて、ハルキファンとしては嬉しい記述だった。



登山詳細図 東丹沢

高尾山や奥多摩東部を実際に歩いて、その実測値をロードメジャーで計るという偉業を成し遂げた守屋さんが、こんどは東丹沢の実測に取り掛かったようだ。


『東丹沢登山詳細図 第一回集中踏査』



以前、当ブログで高尾山と奥多摩東部の登山詳細図をご紹介したところ、こちらのブログからリンクを張っていただいた。ありがたいことである。



この記事によると、尊仏山荘の猫も健在なようで一安心である。
また、東丹沢の踏査の参加者を一般公募しているようで、ご興味ある方は是非!

僕も是非参加してみたい。が、スケジュールとか合わないだろうなぁ、、、



山行記 : 【総括】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走



  1. 山行記 : 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 計画概要
  2. 山行記 : 【1日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走
  3. 山行記 : 【2日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 (前編)
  4. 山行記 : 【2日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 (後編)





この上無いほどの好天に恵まれた1泊2日の雲取山~石尾根縦走であったが、反省すべき点もあった。


【1】忘れ物が多かった

今回も、なんだかちょこちょこと忘れ物が多かった。なかでも、
  • 腕時計
  • 小屋停滞時に使うフリースジャケット
  • バラクラバ
この3点は不便を感じた。
まあ、バラクラバは直接的な不便は感じなかったけど、もし早朝の雲取山山頂で、晴天であっても風が強かったりしたら、下手したら凍傷になっていた可能性がある。


【2】2日目の行動に要する時間を見誤った

これは完全に読み違えだ。
一人だったから良かったものの、ツレが居たら申し訳ないことになっていた。
スケジュールはもっと慎重に、もっと保守的に立てなければイカンと、改めて思った。


とはいえ、概ね問題なく快適に行程を終了できたのではないか。

今後の課題としては、
  • 実際に将門馬場に立つ。
  • 六ツ石山の頂上に立つ。
の2点が残された。是非機会を設けたいと思う。


(完)

2012年2月17日金曜日

山行記 : 【2日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 (後編)

<「山行記 : 【2日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 (前編)」からの続き>

七ツ石山をあとにして、次に目指すは高丸山。まだその山頂に立ったことはない。

雲取山荘で他の登山者から聞いたところによると、高丸山の東側斜面(今回の僕でいえば登る方の斜面ではなく、下る方の斜面)は、日が高くなると斜面の雪や霜が融けてドロドロになり、けっこうな急斜面だから滑って危ないとのこと。
しかも防火帯の広々とした登山道だから、すがるものも無く、大変難儀するそうだ。

そんな話を聞いてしまったら、正直尻ごみしてしまう。
七ツ石山から鷹ノ巣山にかけては快適な巻き道もあるので、そちらを通れば何も難儀すること無く通過できるのだ。
だが、それでは石尾根を縦走したとはとても言えない。縦走路上のピークはキッチリと踏んでいきたい。
というわけで、意を決して尾根道を行く。


石尾根の尾根道は南側の展望が特に良い。
















まずは、9:00、千本ツツジのピークに到着。
















誰が作ったのか三角点と向かい合わせに可愛らしい雪だるまが。

ここから高丸山までは、6月ならばツツジのキレイな場所だ。
が、今の季節は何もない。
















高丸山に登る西(正確には南西)側の斜面は完全に雪が溶けて晩秋のようなたたずまいだった。





















斜面を登りながら振り返ると、そこには南アルプスの山々がはっきり見えた。
















9:45、高丸山山頂に到着。
















もう日も高くなっている。東(正確には南東)の斜面は、果たして同宿の登山者が言っていたように グチャグチャの急斜面なのか。





















うん、だいぶグチャグチャ。。。
そして、ホントに急斜面。
来し方を振り返って写真に収めようとするだけで、コケそうになる。

↓コケそうになりながら撮った1枚。





















同宿の登山者の言ってたことは100%本当だった。
これがまだ10時前だから良かったものの、もっとたくさんの登山者にコネくりまわされたあとの昼下がりとかだったら、ガチでヤバかったと思う。

次のピークは日蔭名栗山。
その日蔭名栗山との最鞍部からの眺めが素晴らしすぎて、しばしたたずんでしまった。
もちろん富士山も見えて、
















南アルプスも見える。
















アドレナリンが出っ放しになる風景がひたすら続く。こういう時、つくづく山に来て良かったと心から思うのだ。

その鞍部には、そこそこ雪が残っていた。





















鞍部からなだらかな坂を登って、日蔭名栗山の頂上に到着。10:20。

山頂が地味すぎて、三角点以外の写真を撮る気が失せてしまった・・・。





















地味な山頂は早々におさらばして、いよいよ次は七ツ石山以降のメインディッシュ、鷹ノ巣山を目指す。

日蔭名栗山を下るとすぐに、最鞍部の巳ノ戸ノ大クビレに至る。





















画像右側、巻き道との合流地点。

そのすぐ先には鷹ノ巣山避難小屋。10:45に到着。





















小屋の中は決して広くないけど、とてもキレイなログハウス風。こんなところに泊まってみたいもんだ。
















トイレもある。





















さて、朝メシが5時だったので、ここで昼メシにする。
昼メシは雲取山荘でお願いしたお弁当。





















写真ではちゃんと見えてないが、ソーセージと卵焼きの間に、アルミホイルに仕切られてメザシの甘露煮が入っているんだよ、これが。ラッキョウの酸味も疲れた体に嬉しい。
彩りは地味だが大変美味しくいただきました。やー、幸せ!

弁当を食べて、食後のコーヒーも飲んで、11:25再出発。
またコツコツと登り始める。






















地味に険しい。





















そして、山頂手前から来し方を振り返る。





















嗚呼、僕はこういうところを歩きたくて、ここまで来たんだなぁ。

そして、ついに鷹ノ巣山山頂に到着。11:50。





















実は鷹ノ巣山の山頂に立つのはこれが初めてだった。
なんと素晴らしい眺望であることか。

これは1枚の写真に収められない。
ということで、動画を撮ってみた。


video



もうこのままこの場から離れたくないような気持ちだったが、そうも言ってられない。
思ったよりもここまで来るのに時間がかかってしまった。
気合を入れなおして歩かないと、奥多摩駅に着く前に日が暮れてしまう。

ここからまたしばらく尾根道歩き。

見上げると、抜けるような青空。
















あとは下山するばかりとなったこのタイミングでは、下界に戻りたくない思いが強くなってきて、青空さえも足取りを重くさせる。

水根山山頂手前の分岐標識。





















そんでもって、すぐに水根山山頂。
















この上なく地味。
このまましばらく尾根歩きをする。

すると、なんかのピークっぽい場所を発見。
登って写真を撮ってみた。
















地形図を見て照らし合わせてみるが、イマイチここがどこなのか確信が持てない。
うーん、と唸りながら登山道を進むとすぐに急な下り斜面が現れた。





















あー、こんな急坂、このあたりには城山の東側にしか無いから、さっきのピークっぽいところが城山だったんだ、と理解。
案の定、しばらく歩くと将門馬場と思しき広々とした場所が見えてきた。
将門馬場はその名の通り、平将門が馬を調練するのに使っていた場所だという。実際、この山の中にあって、けっこうな広場だ。
登山道は、その将門馬場のピークを通ってはいない。でも、普通に行けそうではある。
悩んだ結果、時間も押しているので諦めた。無念。

このあと、石尾根縦走路は六ツ石山の北側斜面を巻いてそのまま山頂を通らずに東に抜ける。
北側斜面をトラバースする道なので、標高の割りに雪がかなり残っていた。





















時間に余裕があれば六ツ石山の山頂も踏みたかったのだが、すでに六ツ石山への分岐にたどり着いたのが13:30。ちょっと時間的に余裕が無く、断念。。。
将門馬場、六ツ石山と、課題の残る山行になってしまった。

そのまま縦走路を東へ。
不老山の根元ではいかめしい祠を見かけた。
















そして、三ノ木戸林道への分岐に到着。時刻は14:05。
















もうここまで来れば着いたも同然、と思ってしまった自分を、今となっては叱り飛ばしたい。
実はここからが大変だった。

すでにアイゼンは六ツ石の分岐を過ぎたあたりで外していたのだが、この先のヒノキ林の中を通る登山道が、カチカチに凍っているのだ。
ヒノキは常緑樹なので、こんな季節でも地面に陽の光がほとんど届かず、ひどく凍ってしまったままになっているのだ。






















空気全体がヒノキの香りで気持ちいいのだが、何度滑って転びそうになったことか。
いや、実際に1回はコケたし。

しかも、六ツ石分岐以降、人の気配がパッタリと消えてしまった。やっぱりみんな、奥多摩湖のほうに下山してしまったんだろうか。
こんなに人の気配が無いと、昨年9月に甲斐駒ケ岳のふもとでクマに出会ったときのことを思い出す。こんなところで、冬眠に失敗したクマなんかに出会ったら最悪だ。とりあえず、クマ鈴を全開に鳴らしながら歩くのが、精一杯の対処法だった。

そんなわけでヒヤヒヤしながら歩き続け、林道に出る直前の目印である稲荷神社に到着。15:07。





















ここまで無事たどり着けたことをお稲荷様にお礼申し上げる。

そしてすぐに登山口に出る。15:15。





















登山口には、投げやりな案内も書かれている。
















この「六ツ石→」のペイントには、ヤンキーが「○○参上」と書いているのと同じテイストを感じずにいられない。

なにはともあれ、これで下山だ。あとは温泉に入って帰るだけだ。

と思っていたら、ここから先が長かった・・・。

ひたすら舗装道路を歩き続け、
















ゴール地点である温泉宿の三河屋さんにたどり着いたのは16:00だった。。。。
こんなに遠かったっけかなぁ・・・?

















予定時刻より1時間40分遅れのゴール。

完全にナメてました。
深く反省です。

2012年2月16日木曜日

山行記 : 【2日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走 (前編)

<「山行記 : 【1日目】 2012年2月11日~12日 雲取山~石尾根縦走」の続き>


山の朝は早い。


寝つけぬままに日付を跨いでしまった僕は、そのくせ寝覚めが異常に良くて、朝5時からの朝食に余裕で間に合ってしまった。
きっとアドレナリンが出っぱなしになっているのだろう。

朝食は、生タマゴ、焼鮭、等。ゴハンはおかわり自由でフリカケもフリー。梅干があるのも嬉しい。
















でも、朝からおかわりは無理。卵かけゴハンを味海苔で巻いて食べるという贅沢三昧の食事を終えて、早々に出発の準備をする。

出発の準備といえばやはりトイレだが、雲取山荘の冬場のトイレは夏場に使う外のトイレではなく、山荘内からスリッパで行ける場所にある。
で、水洗なのは夏用トイレと同じ。冬場なのにスゲー。
水洗だけに臭いもほとんど無く、とてもキレイ。

ただ、男女兼用なので、トイレの撮影は自粛した。


6:20、山荘を出る。

この日の日の出は6:35。
山荘から見る東の空はすでに朝焼け。今まさに日が昇ろうとしている。
















このままここでご来光を拝むか、さっさと雲取山山頂を目指すかで少し迷ったが、今日の行程のタフさを考えたら時間を無駄に出来ない。
外のベンチでアイゼンをつけ、さっそく出発する。

案の定、出発してすぐに、木々の間からご来光の日差しが差し込んできた。
















もうちょっとちゃんと見たかったなぁ。。。

そんなご来光を尻目に昨日下った道を山頂に向かって登り返し、6:50、雲取山山頂到着。
なんとか朝焼けの時間には間に合った。





















もはや太陽は地平線から昇り切っていた。
















昨日は少し雲があったが、今朝はそれさえもほとんど無く、素晴らしい展望が広がっていた。

奥秩父の山々。
















昨日は見えなかった富士山もドーーン!!
















遠くに南アルプスの山々も見える。
















冬の朝の澄み切った眺望は、吸い込まれそうなほどにリアルだった。
そこにいる人全てが、その眺望に心を奪われ、ただただ「すごい!」を連発しながら、あふれんばかりの笑みをたたえるばかりだった。

ちなみに、気温はマイナス10℃。
不覚にもバラクラバを持って来忘れて素肌を晒していたのだが、風の無い穏やかな天気のおかげて凍傷にもならず、心行くまで景色を堪能することができた。

10分後、いつまでもこの景色を見ていたいという誘惑を断ち切り、ついに雲取山の山頂を後にした。

避難小屋側に移動しての富士山の眺望もすばらしい。
















断腸の思いで、石尾根を下り始める。
振り返ると、朝日を浴びた避難小屋と、いまだ眺望の虜になっている登山者の姿が見える。

















ここからブナ坂までは前日の逆ルートをたどる。
ただ、前日に通った巻き道は使わず、全て尾根道を歩いた。
何故か。
それは、富士山がキレイに姿を現していたからだ。

雲取山の山頂から鷹ノ巣山あたりまでの石尾根歩きでは、天気に恵まれればほとんどどこからでも富士山の姿を拝むことができる。
前日に見ることができなかった分までしっかり見てやろうと思い、巻き道を一切使わなかったのである。

僕は登山の対象としての富士山には今のところあまり興味が無いのだが、眺める対象として、やはり心奪われる。日本一の山であるのは間違いない。

そんなわけで、富士山を眺めながらどんどん尾根を歩く。まるで、バーで3つ隣に座ったお一人様の美女をチラチラ見てしまうように、富士山をチラチラ見ながら。

7:40、奥多摩小屋前に到着。やはりここからの眺望も格別だ。
















またこの眺めを満喫するためだけに、ここでテント泊しようと思う。

このあたりは、前日通った際には登山道がぐちゃぐちゃだったが、この日はまだ朝の寒い時刻だったので、地面はカチカチに凍っていて歩きやすい。

8時過ぎ、ブナ坂到着。
















ここから先は、前日とは違うルートになる。
このまま石尾根縦走路を伝い、そのまま奥多摩駅まで歩くのだ。

まずは七ツ石山のピークを目指す。

ブナ坂から七ツ石山のピークまでは、2、30分の行程だ。
北側斜面なので、地味に積雪が残っている。





















8:25、七ツ石山山頂到着。
















三角点。





















厳冬期だけあって、木々の葉は全部散っており、視界を遮るものが非常に少ない。
おかげで、眺望がとても良い。

ここから石尾根縦走路を、巻き道を使わずにひたすら奥多摩駅を目指して歩くわけだ。
長丁場になるが、覚悟を決めて再び歩き出した。


つづく