(この記事は「1日目 槍平」の続きです。)
窓の外を見て、
「うわ! めっちゃ晴れてる!!」
と叫んだところで目が覚めた。
・・・夢だったのか。
時計を見ると、朝の4時半。
相変わらず、山の朝は早い。
窓の外を見るまでもなく、窓に当たる雨音で悪天候を悟った。
うーむ。。。現実はそうそう上手くいかないものであるらしい。
今日の行程をどうするか悩みつつ、5時半から朝飯を食う。
同室の68歳のオジサンは前日に槍から降りてきたのでこのまま新穂高温泉に下山するとのこと。
65歳のオジサンは明後日に大キレットに行くために、今日は南岳新道を上がる予定だったが、天気の様子を見るために出発を遅らせるとのこと。
僕は悩んだ挙句、とりあえず槍ヶ岳山荘まで行ってみることにした。もし行けそうなら、この日の予定通り、南岳小屋までたどり着きたい。
でも、この悪天候では気が重い。
6:48、槍平小屋を出発。
散々悩んでいたせいで、予定より1時間近く遅れての出発だ。
槍ヶ岳山荘まで、コースタイムでは5時間の行程。
槍平小屋の冬季小屋の脇を抜け、
テント場を突っ切って、
登山道に入る。
気温は20℃ぐらいか。歩いているとやっぱり暑い。
登山道はいったん川原をかすめるようにして伸びるのだが、それが紛らわしくてうっかり川原に出てしまいそうになる。
左に進むと川原に出るのだが、正解は右。
でも、どう見ても左の方が踏み跡がハッキリしていて紛らわしい。
登山道は昨日に引き続き、岩がゴツゴツ。
7:02、標高2,100mの標識を発見。
この時点で、すでに東京都最高峰より高い。
なお、歩き出したタイミングでは雨が止んでいたが、この頃には再び本降りになってきた。
雨具のパンツは履いていたが、暑くてジャケットを着ていなかったので、いったん荷物を下ろして雨具を着込む。ザックにはすでにザックカバーを着けてあるので、雨が降っても大きな問題は無い。
腰にはパーゴワークスのパスファインダーを着けているが、こちらも雨よけカバーを着けているので問題なかろう。(という判断が大間違いだったことが、後から判明する。)
本降りの雨に叩かれながら再び歩き出すと、7:20、沢に行き当たる。
ここをトラバースして、先を急ぐが、登山道は早くも部分的に川になっていた。
来し方を振り返ると、南の方の空はいくらか明るい。
朝の天気予報では、乗鞍のほうまで南下すると天気がややマシだということだったが、まさにそんな感じ。
それに引き換え、こちらのほうは全然展望の無い状態。となりの尾根すら、ややガスって見えるぐらいだ。
こういう時は、遠くの景色よりも、道端の花が心を慰めてくれるものだ。
幸い、雨の日は心なしか草花の発色が良く思える。
8:03、標高2,400m地点を通過。
あたりの樹木の背丈は、かなり低くなってきた。
8:08、一瞬だけ、隣の尾根の稜線がガスから顔を出した。
あの尾根を上がると、千丈乗越に至るのだなぁ。
さらに進むと、標高を上げるごとにどんどんガスが濃くなっていく。
雨はますます強くなり、草葉の上に水玉を作っていた。
8:15、ガスの切れ間から、隣の尾根の先にある厳しい岩峰が見えた。
あれが千丈乗越だろうか。
だとしたら、こんな荒天の中を乗越せる気がしない。
幸いにも僕のルートは飛騨乗越の方なので、あそこは通らずに済むが、なんとも厳しい姿だなぁと戦慄が走る。
8:24、標高2,500m地点に到達。
次第に、潅木よりも草花の方が多くなってきた。
このあたりのコバイケイソイは、さすがに花の時期を過ぎていた。
代わりに、たくさんの小さな花がそこらじゅうに咲いていた。
木の実はまだ青いまま。
花の写真ばかり撮っていたら、すれ違った少年に
「分岐もうすぐですから、がんばって!」
と声をかけられた。
勇気づけられると同時に、バテたオッサンに見えたのかなぁとちょっと残念な気持ちにもなる。
8:33、千丈分岐点に到着。
槍平小屋からここまで、コースタイムでは2時間半のはずだが、1時間半で着いてしまった。
この分岐点には、緊急用にちょっとした救急用具と水の入った救急箱が設置されている。
(上の画像の右上部の白い箱がそれだ。)
ここから先は完全に森林限界。
道はゴロゴロの石ばかりだ。
風を防いでくれるような樹木も無いため、冷たい雨が横殴りに吹き付けてくる。
寒い。
とはいえ、分岐からしばらくは、花の群生地と言ってよいほどの場所だった。
トリカブト。
クルマユリ。
花が目を楽しませてくれたので、しばらくは風雨の厳しさも忘れて楽しく歩くことができた。
が、標高2,800mぐらいからは、その草花も非常に少なくなり、岩とハイマツばかりとなった。
もはや風を遮るものはほとんど何も無く、容赦なく横殴りの雨が体に叩きつけられる。
風速は、最大で10m程度か。よろける程ではないが、煽られてザックカバーや雨具がバタバタと激しい音を立てていた。
9:36、標高2,900mに到達。
さらに風が強まり、かなり寒さを感じるようになってきた。
手元の温度計は10℃を示している。
このとき僕は、雨具のジャケットの下はTシャツ1枚という大失策をおかしていた。
出発時に暑さを感じていたため、どうしても着込む気がしなかったのだ。
今となっては、この嵐の中で荷物を下ろして、ザックを開け、中身を取り出して雨具を脱ぎ、服を着込んで雨具をまた着る、という段取りを踏むのはいかにも億劫だ。
僕はふと、2009年のトムラウシ山の大量遭難を思い出した。
『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』によると、夏のトムラウシと、北アルプスの3,000mあたりは、気候的に同じとのこと。
つまり、今僕は、トムラウシで亡くなった人たちと似たような天候条件の中を歩いているわけだ。
気付くと、寒さのあまり上腕部の筋肉が硬直し、腕の曲げ伸ばしにやや痛みを伴う状態になってしまった。
慌てて腕を動かして筋肉をほぐし、血液を循環させる。
9:52、標高3,000m突破。
いよいよ指先の感覚が無くなってきた。
防水手袋持ってくれば良かった・・・。と後悔したところで、そもそもそんなもの、家にも無い。下山したら買おうと心に誓う。
その後すぐに、ガスの向こうの稜線上に道標が現れた。まるで墓標のようだ。
9:54、飛騨乗越に到着。
この飛騨乗越でついに稜線に出る。
稜線に出た途端、これまでと比べ物にならないような強風に煽られてよろける。
この感じ、今年の2月に西穂山荘付近で経験した風速だ。ということは、風速15mぐらいか?!
煽られ煽られ、稜線の道を槍ヶ岳山荘に向かう。
10:03、槍ヶ岳山荘のエクストリームなテント場に到着。
こんなオン・ザ・エッジな場所、天気が良ければ最高だろうけれど、こんな嵐の日には誰も使わないんじゃないだろうか、、、
(と思ったら、翌朝いくつもテントが建っていたので驚いた。)
10:07、「おお、小屋だ!」と喜んだのも束の間、どう考えても営業小屋じゃない建物だった。
槍ヶ岳山荘までは、あと100mあるそうだ。。。
10:08、やっとの思いで槍ヶ岳山荘に到着。
コースタイム5時間のところ、3時間ちょっとで到着してしまった。
休憩室に入ろうとしたら超満員。
とりあえずザックを持ち込めそうな状態ではないため、外の屋根付きの場所にザックを置いて、半ば強引に休憩室に入る。
とにかく、体を温めないことにはどうしようもない。
そこで、温かくてカロリーの高いものを注文しようとしたところ、食べ物のメニューがラーメンとカレーライスしかなかった。ほかは全部SOLD OUT!!
この二択なら、間違いなくカレーだろ、と。
このとき、カレーの写真を撮ろうとしてiPhoneをパーゴワークスのポーチから取り出したら、何故かフラッシュのライトが点きっぱなし状態になっていた。
iPhoneのフラッシュは懐中電灯代わりにもなるのかー、と呑気に驚いたものの、これじゃバッテリーが持たないと思い電源の切断を試みたが、操作を受け付けない状態になってしまっていた。
原因はおそらく、パーゴワークスのポーチの中で水浸しになったためだろう。
この日、僕はiPhoneをパーゴワークスのポーチに入れていた。
当然iPhoneは水濡れが心配だったが、このポーチには雨よけカバーが付いていたので大丈夫だろうと思っていたのだ。
ところが、槍ヶ岳山荘に着いてポーチを開けると、中はびしょびしょ。どうやら、ストラップをつたって浸水したようだ。
もう為す術もないため、iPhoneはそのままポーチの中に戻した。
これが、電源の入っている状態の僕のiPhoneを見た最期となった。
その後、僕はiPhoneの蘇生を何度も試みたが、ついに息を吹き返すことは無かった。。。
一方、カレーライスは非常にうまかった。
体に力と温かさが戻ってくるようだった。
冷え切った指先にも血が通い始め、ビリビリと痺れるような感覚を覚える。
あー、こんなにもオレは冷え切っていたのか。。。
結局カレーだけでは物足りず、ホットコーヒーも飲む。
人心地ついたところで、まだ11時にもなっていない。
これは、このままここに居ても仕方がないぞ、と。
思い切って南岳まで行ってしまおうか。
そう思って、槍ヶ岳山荘を出た。
が、山荘の出口から3歩歩いただけで寒くて断念。
早々に槍ヶ岳山荘にチェックインした。
今回のメインは大キレットだったので、今日中に南岳まで行けなくても、明日大キレットを越えることは可能だ。
ただ、そうなると奥穂高まで足を伸ばすのは多少キツくなるが、それだって不可能ではない。
というわけで、少々早いが槍ヶ岳山荘ステイを決めたわけだ。
宿泊受付では、僕の他にも同じような人がたくさんいて、みんな死にそうな顔をしていた。
そりゃ、こんな荒天の中で3,000mまで上がってくればそうなるわなー。
ただ、風は西からだったので、槍沢側はそこまでじゃなかったのではないかと想像する。
チェックインすると、さっそく乾いた衣服に着替えて、一息つく。
外は嵐だし、カレーライスも食っちゃったし、まだ11時だというのに特にやることも無い。
が、このあと、もしかしたら天候が回復して、槍ヶ岳に登れるかもしれない。
明日になってしまうと行程の都合上、槍ヶ岳の山頂には行かずに南岳に向かわなければならないので、今日少しでも天気が好転した際に登ってしまいたい。
そう思うと、ビールを飲むわけにもいかず、談話室で黙々と読書に励むばかりだ。
談話室の窓は磨ガラスのため、外の様子が伺えない。
たまに窓の外が明るくなったような気がして、その度に「晴れたか?!」とソワソワしてしまう。
12時、13時のタイミングで外を見てみたが、相変わらずの嵐だった。
あまり遅い時間になってから好転しても、登山の安全上、山頂に向かうのが躊躇われる。祈るような気持ちで待機し続けた。
そして14時。
外を見てみると、さきほどまでのヒンヤリした空気は無くなり、いくらか暖かくなっていた。
雨も止み、山荘前の石畳はほとんど乾いている。
今だ!今しかない!
慌てて出発の準備をする。
すると、同室の年配の登山者たちが、
「こっちはビール飲んじまったから、行くに行けねーや」
「どーせ今行ったって何にも見えねーよ」
「私の経験では、もっと遅い時間帯の方がガスが晴れると思うね」
などと、口々にヤジってくるが、気にせず受け流し、さっさと出発した。
こっちは、今日のうちに行かなきゃならないのだし、さらに遅い時間にガスが晴れたらまたその時に再度登れば良いだけの話だ。
14:09、山荘を出発。
山荘前から見た槍ヶ岳方面は、ただの乳白色だが、風はだいぶ収まっていた。
槍ヶ岳の取り付き部分は、普通の登山道のよう。
が、すぐに岩峰の本性を現す。
だが、さすがに人が少なく、快適に歩を進めることができた。
ほとんどの人は山荘内で待機しているのだろう。
こんなに風も収まって快適なクライミングなのに、もったいない。
次第に、まさしく岩場という様子になってきた。
おそらく、あまり岩登りに慣れていない人なのだろう。
うっかり先行者の真下に入って落石などを食らってもつまらないので、少し間隔を開けるようにして続いた。これこそ、空いている時じゃないとできないことだ。
この時僕はヘルメットをかぶっていなかったが、もしこれが通常どおりの渋滞であれば、ヘルメットは必須だっただろう。渋滞の時は落石を避けられるほど間隔を開けられないし、とっさに逃げようとしても身動きが取れないからだ。
14:16、山頂直下のハシゴが見えてきた。
先行者の様子を見ながら、落石や墜落にも備えつつ待機。
先行者が登ったのを見計らってハシゴに取り付く。
14:22、最後のハシゴがついに見えてきた。
14:27、ついに槍ヶ岳山頂に到着。
こんなに人が少なくて、のんびりできる槍の山頂も珍しいに違いない。
とはいえ、人生初の槍ヶ岳は、ガスで何の眺望もない。
こんなにガスっていると、眺望なんか望むべくもない。
おかげで、小槍も見えない。これじゃ、アルペン踊りが踊れないじゃないか。
加えて、北鎌尾根がどれなのかもイマイチ分からない。
これか?
それとも、これか?
いずれにせよ、いつか登らなければならない場所なのだと思うと、武者震いがする。(武者震いということにしておいてください。平に、なにとぞよろしくお願いいたします。)
風も弱く、空気もやや暖かいため、山頂は非常に過ごしやすい。
ガスが濃いという以外は、何の不満も無い状態だ。
が、いつまでもここに居るわけにもいくまい。天候だって、いつまた崩れるか分からないのだ。
そんなわけで、空いている槍山頂を満喫する登山者を尻目に、下山の途につく。
下山途中、一瞬だけ槍ヶ岳山荘の屋根が見えた。
これがこの日の、最大にして唯一の展望だった。
いつか、快晴の槍ヶ岳に登ってみたいものだ。
ここら辺りから、登ってくる人たちとのすれ違いが多くなってきた。
お天気の様子を見てチャレンジしてきた人たちだろう。
その中でも、非常に興味深かったのが、30代ぐらいの男女1名づつのパーティで、女性の方がガチの登山者のような2人組だった。
男性のほうはかなり腰が引けた状態で、おっかなびっくり登っているのに対して、女性のほうは、
「キツイよって散々言ったんですけどねー。どうしても行きたいって言うんで連れてきたらこんな状態ですよ」
と言っていた。
そう、非常にその気持ちはよく分かる。
おそらく来月同僚を連れて剱岳に行ったときに、僕はこの女性と同じ気持ちになるに違いない。
そんな人たちを待っている間に、暇なので周りを見渡してみたら、登るときにはあまり気にしていなかった風景が目に入る。
なにより、節理が美しい。
いくら見ていても、見飽きない。
とはいえ、いつまでも居るわけにいかないので、登山者とすれ違うのを待って降りる。
15:04、槍ヶ岳山荘に帰着。
登りも下りも特に怖い場所は無かった。
やっぱり、こういう場所だからこそ年配の人たちでも気軽にアクセスできるのだろうなと。(だからこそ渋滞が起きるという側面もあるかもしれない。)
ちなみに、このあと30分もしないうちに雨が再び降り出したようで、僕が降りるときにすれ違った登山者の中には、雨に降られてしまった人もいたらしい。
本当に、山の天気は油断ができないものだ。
一仕事終えて、大満足で部屋に戻る、。
再度談話室に移動し、槍平山荘で作ってもらった弁当を、おもむろに談話室で食い始めた。
槍平の弁当の何が優れているって、横に倒しても汁が漏れないように、一切の汁が出ないようなおかずが詰められているのだ。
しかも、ちゃんと美味い。
さらには、ご飯がぎゅうぎゅうに詰められていて、ボリュームも申し分無し。
問題は、こんな時間にこんなに食っちゃって、果たして17時からの夕飯が食えるのかということだ。
そんな心配をよそに、17時になると食事開始のアナウンスが山荘内に響き渡る。
が、いざ食い始めてみると、美味いので食える食える。
結局、ごはんも味噌汁もおかわりをする。
満腹で部屋に引き上げ、明日の準備をしつつ、読書をしたりなどして過ごした。
この日は、19時すぎから談話室で槍ヶ岳の写真のスライドショーが行われたので、談話室ではなく寝床で本を読んでいた。
すると、ロビーのほうから
「槍が見える!」
という声が聞こえた。
さっそく飛び起きて様子を見に行くと、すでに10人以上の人が小屋の外に出て槍ヶ岳山頂方面を見ていた。
空にはきれいな満月(に近い太った月)の姿があり、その月明かりに照らされた槍ヶ岳のシルエットが夜の闇に浮かび上がっていた。
(残念ながら写真は撮れず。)
が、それも一瞬のことで、僕が見始めて1分もしないうちに再び雲隠れしてしまった。
談話室でスライドショーを見ていた人達は、このリアル槍ヶ岳の姿を見ることはできなかっただろう、。
なんだかんだで、僕は大満足だ。
明日の天候回復を祈りつつ、20:30就寝。
(「3日目その1 ついに大キレット」につづく)
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