登山経験はいくばくか有る同僚たちではあるが、その実力で剱岳を登るのはちょっと危険だ。
本来ならば、ボルダリングなどの練習をしたり、難易度の低い岩場のルートなどを経験してから剱岳に挑むべきなのだろうけれど、本人たちの希望を容れて行くことにしたからには、スパルタ式の教育をしてでも何でもして実力を着けさせなければならない。
ということで、トレーニングの場に選んだのは谷川岳の西黒尾根。
日本三大急登の1つであり、かつ、ルートの半分は鎖場を含む岩場というルート。体力的にも技術的にも剱岳へのステップアップとしては理想的だ。
おそらく、天気が良ければ同僚たちでも何とかなるだろう。が、もし雨が降ったりしたら、かなり厳しい戦いになることが予想される。
幸い、北陸地方も2日前に梅雨明けが宣言された。
ピンポイント天気予報を見ても、一瞬雨が降るかもしれないが、それほどひどいことにはならなそうだ。
とはいえ、天気の安定しないことで有名な谷川岳。油断ならない。
8:13、電車は定刻通りに水上駅に到着する。
そこから関越バスに乗り継ぎ、谷川岳ロープウェイまで移動する。
途中、土合駅前を通過する。
これがあの有名な土合駅かぁと感慨にふけるものの、使ってみたいとは思わない。
谷川岳ロープウェイに到着し、トイレを済ませ、また、登山道の状況などを告知する貼り紙などをチェックし、いよいよ西黒尾根へ出発する。
西黒尾根の登山道入口はロープウェイよりも少し上まで舗装路を10分程度あるくのだが、連れの同僚たちは僕がロープウェイに背を向けて歩きだそうとするのに驚いていた。
どうやら、事前に僕が配布した、懇切丁寧な登山計画書をちゃんと読んでいなかった模様だ。
そんなことで剱岳に登れると思っているのかと、軽く説教をかます。
9:10、西黒尾根の登山口に到着。
日本三大急登とは聞いていたが、登山口からいきなりの急登で、開いた口が塞がらない。
日本三大急登の1つに数えられる甲斐駒ケ岳の黒戸尾根や、北アルプス三大急登の1つである燕岳の合戦尾根は経験があったが、初手からこんなにキツい勾配なのは初めてだ。
同僚たちも、早くもこの場に来たことに対する後悔の念を口にし始めた。
そんな同僚たちのケツを叩きながら、この急勾配に取り付く。
すぐに異常なまでの汗が吹き出す。
暑い。。。
汗をポタポタ垂らしながら、顔の前に迫るかのような土の急斜面を15分ほど登ると、急に視界が開けた。
鉄塔だった。
せっかく開けた場所なので、早くも一休みする。
我々一行の周りを、大きめのハチがブンブン飛び回る。
サイズ的にはキイロスズメバチだが、イマイチ見極めができない。
3分ほど休憩して再び歩き出す。
すでに連れはゲンナリ顔だ。
相変わらずの急斜面を汗ダクになりながら歩いていると、9:37、ぶっとい倒木が登山道を塞いでいた。
よく見るとロープがかかっている。
跨げる太さではなく、そのロープを頼りに倒木を乗り越えた。
この先、少し斜面が緩やかになる。
10:00、少し開けた場所に出る。
ここには、残り時間の小さな道標が立てられていた。
この道標では、土合から山頂まで4時間ということになっているが、「山と高原地図」では4時間半となっている。
この先で、再び急登が現れる。
「見上げんばかり」という表現があるが、まさしくこの道は、行く先を確認するには大きく見上げなければならない。
このルートの樹林帯は、まさにこんな斜面ばかり。さすがは三大急登だ。
まだ歩き始めて1時間ちょっとなのに、すでに連れの表情からは笑顔が消えていたので、休み休み歩く。
10:42、急に視界が開ける。
岩の露出した場所で、樹木が生えていない一角だった。
東側は赤沢山方面の展望。
南には天神平のロープウェイ駅。
ロープウェイ駅を見て、連れの誰もが「あっちが良かった」と言い出す始末。
そんなんで剱岳に登れると思っておるのか。
ここから、いよいよ樹木の背丈も低くなり、岩場の連続が始まる。
10:55、最初の鎖場。
斜度は60~70度といったところか。
ホールドもしっかりしていて、楽しいアスレチックだ。
が、連れはすでに顔面蒼白。
おい、剱岳に行くんじゃなかったのかよ!
この鎖場を登ると、非常に展望が開けている。
朝日岳方面。
谷川岳山頂とマチガ沢の雪渓。
曇天模様とはいえ、この時点ではまだ充分な眺望があった。
が、このあとすぐに雨粒がポツポツと落ちてくるようになる。
ここからが岩場の核心部だというときに、よりによって雨か・・・。
こうなったら、できる限り急がねばなるまい。
次々に鎖場は現れる。
岩場を乗り越えて高度を稼ぐたびに、どんどん天神平が低くなっていく。
雨粒は、いったんおさまったものの、どんどん雲が発達し、すでにすっかり山頂を覆い隠してしまった。
11:21、「ラクダの背」という道標に行き当たる。
向かう先はすっかりガスの中。
ここから来し方を見ると、まだまだ眺望は有った。
さて、この「ラクダの背」だが、「山と高原地図」ではそんな表記は無く、「ラクダのコブ」と「ラクダのコル」という表記がある。
地形的にこの場所は「ラクダのコブ」のようだ。
ということは、この小ピークから先の少し下がった場所(下の写真で、人がたくさんいるあたり)が「ラクダのコル」だな。
その「ラクダのコル」では、ご年配の団体さんが停滞していた。
おそらくは巌剛新道から来たのだろう。
これは完全に渋滞だなぁと思いながら、ヤセ尾根で花の写真などを撮る。
すると、団体さんの最後尾の男性が、
「どんどん先に行って」
と声をかけてくれた。
実はこの時、すでに雨が降り始めていて、岩場の経験がほとんどない連れ3人のことを考えると、そうそう気軽にペースを上げられるものでもなかった。
濡れた岩はよく滑るので、慣れていない3人には危険を伴うものであるからだ。
が、そうは言っても、このまま後ろをついて行くわけにもいくまい。
連れには、改めて気を付けるように促し、一気に団体を抜きにかかる。
このピークを越えると、ザンゲ岩へと続くヤセ尾根が現れる。
その景色を見て、連れは一様に
「まだこんなに続くのか・・・」
と溜息をついた。
この頃には、雨はすっかり本降りになっており、岩が非常によく滑る状態となっていた。
そりゃ心が折れるのも無理も無かろう。
とはいえ、この程度で音を上げていては、剱岳などとても登れるものではない。
ちなみに、上の画像で、稜線上にゴミのように白っぽく点々が見えると思う(拡大すると分かる)が、これは先行する登山者の姿だ。
このヤセ尾根の規模感が計れるだろう。
このヤセ尾根の向こうの雲の中に、ザンゲ岩がある。
そこにたどり着くにも、いくつもの岩場を超えていかなければならない。
その岩場の鎖場のたびに、我々の目の前にいた年配の2人パーティ(男性1、女性1)の女性のほうが、
「滑る!滑るー!」
と言って停滞するので、見事なまでの渋滞が発生していた。
でも、道を譲ってくれない・・・。
雨の中で立ち止まっているのは、雨具を着ているとはいえ、さすがに体が冷えてキツイ。
路傍の草花もすっかりズブ濡れだ。
結局、岩場では常に目の前にその2人パーティがいて、十分に資料写真を撮れず。。。
12:51、ザンゲ岩に到着。予定よりも30分程度遅れている。
厳つい名前のわりに、ガスのヴェールをまとい、周囲をキレイな花に彩られて、なかなか幻想的な姿だ。
ザンゲ岩という名前とこの形状から考えると、おそらく、修験道の修行に使ったのだろう。
熊野の大峰奥駈道での修行では、崖からロープで吊るされて己と向き合うという修行があるそうなので、まさにそういう使われ方をしていたのではないかと、大した根拠も無く確信した。
ザンゲ岩を過ぎると、あとはなだらかな斜面を登るだけだ。
13:04、ガスの中から、道標らしき構造物が浮かび上がった。
見ると、「四ノ沢の頭」というところらしい。
「山と高原地図」には「四ノ沢の頭」という地名は無いが、別途持参したマチガ沢の概念図によると、肩の小屋の直下からマチガ沢へと続く沢が「四ノ沢」というようなので、肩の小屋ももうすぐなのだろう。
だが、この道標のすぐ先で、登山道が二手に分かれているように見えた。
一方はトラバース気味に西へ、もう一方は山頂方面に向うように北西へ。
腹が減っていて、屋根のあるところで早く昼飯を食べたかったので、まずは肩の小屋を目指したかった。
が、西に向かうとそのまま天神尾根方面に抜けてしまいそうで嫌だったので、北西に進路を取る。
すると、またすぐに道標が現れる。
この場所から北側を見ると、ガスの向こうにトマの耳らしき頂が見える。
本降りの雨の向こう側は、やはりよく見通せない。
道標によると、来た道をやや折り返すように南に向かうと肩の小屋があるらしい。
道標に従って、ゆるやかな斜面を下る。
13:10、濃いガスの向こうに、薄ぼんやりと小屋らしき姿が見えてきた。
小屋の手前には大きなケルンと小さな祠。
そして、13:11、ついに待ちに待った肩の小屋に到着。
ここで食堂にあがりこみ、ホットコーヒーを注文しつつ、持参した昼飯を喰らう。
連れの一人は、何故か駅弁とコンビニのサラダを持参していた。違和感がありすぎて何も言えない。
食事をし終わったタイミングで、このあとの行程を再確認する。
もともとの予定では、ここからトマの耳、オキの耳まで行って折り返し、天神尾根を下って天神平からロープウェイで下山というコースだった。
だが、ロープウェイの終了時刻である17時までに、このコースで果たしてたどり着けるのだろうか。
無論、天気が良ければ問題ないと考えていたが、天気が悪いと下りの恐怖感が著しく増す。そんな中で果たしてコースタイム程度の時間でこのメンバーが歩ききれるものだろうか。
そんな疑義を提示したが、メンバーからは、一も二もなく山頂に向かうという意向が示された。
まー、ロープウェイに間に合わなかったら、歩いて下山すれば良いだけなので、僕としては別に構わない。
というわけで、山頂を目指すことにした。
時刻は13:50。
小屋の外に出てみると、雨は止んでいた。
良く解釈すれば、まさに天佑。
悪く解釈すれば、よりによって岩場区間だけ雨だった、ということだ。
13:58、トマの耳に到着。
ここでなんと、西側のガスが少しずつ薄らぎ始めた。
わずかに姿を現した、万太郎山への稜線。
オキの耳との鞍部に差し掛かった頃には、うっすらと万太郎山が姿を見せてくれた。
なんてステキな稜線なのだろうか。
いつかこの稜線を縦走したいものだ。
そして、万太郎山の麓に切り込んだ万太郎谷。
急に眼前に広がった絶景に、連れの3人も口々の感動の思いを吐露する。
そうなんだよ、これだから山は止められないんだよ。
オキの耳も、西側のガスが晴れる。
14:16、オキの耳に到着。
トマの耳とオキの耳の間の所要時間は、「山と高原地図」では10分とされているが、20分近くかかってしまった。景色に心奪われたとはいえ、ちょっと時間をかけすぎてしまった。
ちなみに、オキの耳から一ノ倉沢側を見ても、全くの乳白色。
このオキの耳から一ノ倉沢を見下ろして概念図と照らし合わせ、どこがどこルートなのかの照合をするのを非常に楽しみにしていたのだが、見果てぬ夢と終わってしまった。
無念である。
ところで、この時期の谷川岳は、この山頂付近も含め、非常に花が豊かな場所だった。
トマの耳とオキの耳のあいだにも、たくさんの花が咲き誇り、ちょっとした別天地の観があった。
ニッコウキスゲ。
クルマユリ。
8月に入ってしまったので、あまり花は楽しめないかなぁと半ば諦めていたのだが、谷川岳はきれいな花をたくさん見ることができて、望外の喜びであった。
さて、今度はオキの耳から天神尾根を下ってロープウェイに17時までに着かなければならない。
さらには、ロープウェイで下った後にバスに乗るわけだが、その終バスの時刻も17:00なので、できればロープウェイには16:30には到着していたい。
そう考えると、2時間でロープウェイまでたどり着かなければならない。
コースタイム的には2時間弱。
地面が濡れているためスピードを出せないということを考え合わせると、2時間以内で到着するのはかなり厳しいのではなかろうか。
そう思うと、非常に気持ちが急く。
連れの3人にハッパをかけながら、下山を開始。
肩の小屋を通過し、天神尾根に入る。
しばらく木の階段が続くが、滑って怖い。といっても、スピードを緩めるわけにいかないので、慎重かつ大胆に歩く。
連れは、早くも足が痛いと言い出す。
水分補給休憩を、その都度一瞬だけ取る。
15:03、天狗の留まり場に到着。
上に立ったらさぞかし気持ちが良いんだろうな、とは思ったものの、時間がないのでスルーする。
無念だ。
標高を下げるごとに、ガスは晴れていく。というよりも、ガスの下に出た、というのが正しい表現であろう。
実は、計画段階で、この天神尾根についてはロクに調べていなかった。
ロープウェイから山頂にアプローチするルートであるため、どうせ散歩道みたいなもんだろうとタカをくくっていたのである。
実際、西黒尾根を歩ける実力があれば、天神尾根など問題にはならないハズである。
が、実際に歩いてみると、なかなか険しい部分も随所にあった。
こんな鎖場も2、3箇所存在したし、その他にもロープが備えられている箇所が2、3箇所あった。
いずれも、濡れていなければそれほど問題になるような場所ではないのだが、泥と雨で滑りやすくなった状態では全く油断を許さない状態である。
連れは全員疲労困憊し、口数もすっかり少なくなっていた。
15:32、熊沢穴避難小屋に到着。
分岐でもあるため、デカデカとロープウェイへの道が示してあった。
もちろん、内部を確認する余裕は無し。
15:52、天神峠との分岐に到着。
「天神平 0.6km」の表示に、一同嬉し涙が込み上げる。
時間の余裕があれば天神峠にも行ってみたかったのだが、次回以降に持ち越しだ。
16:01、ついに天神平のロープウェイの駅が見えた。
一同に安堵感が広がるが、まだまだ足元は滑りやすく、油断しないように連れの3人に注意を促す。
こういうときに事故は起きやすいのだ。
ロープウェイの駅の手前からは、さっき登った西黒尾根が見えた。
随分長い尾根に見えるが、実際は4kmぐらいしかないのだ。
16:08、ロープウェイの駅に到着。
連れはみんな泥だらけで、ちょっとした遭難者の風体になっていたので、ここの水道で軽く泥を落とす。
その後、自販機でコーラを買って飲み干す。まさに文明の味。
今日がんばって歩いた分の消費カロリーは、この1杯で全部チャラ。そりゃ痩せられないわけだ。
人心地ついたところで、12人乗りロープウェイに乗って下山。
ロープウェイからは、西黒尾根の見通しが良い。
あんなに苦労して登ったのに、ロープウェイだと一瞬なんだなーと感慨に耽る間もなく到着。
誰も怪我無く、無事に下山を果たした。
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下手なりにボルダリングを5年間続けてきた甲斐があった。(練習の頻度は多くないが。。。)
というわけで、近日中に大キレットに挑戦しようという意思を固めた。
飛騨泣きの写真を見ただけで泣きそうになるが、今の自分なら行けるはずだ。
本厄の年に、よりによって何をやろうとしているのかと我ながら呆れるところではあるが、もう決めた。行く。
乞う、ご期待。
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