(この記事は「1日目 雲取山荘まで」の続きです。)
山の朝は早い。
常にそうありたい。
が、眠りが浅い上に低血圧な僕には、早い朝がなによりもしんどい。
昨夜は22時には読書を止めて就寝したものの、50メートルほど離れたところに立っているテントに犬がいるらしく、人が歩いたり猿が鳴いたりするたびに、けたたましく吼える。ウツラウツラしてもその犬の鳴き声に目が覚めてしまい、安眠できない時間が0時頃まで続いた。
その後も、全然安眠できない。
頭側からの風が強く、ピンと張れなかった前室のフライシートが激しくバタつく。
音だけ聞いていたら、このままテントが吹き飛ばされてしまうのじゃなかろうかと不安になるような音だ。
そのバタつく音に邪魔されて、やはり度々目が覚めた。
山でうまく眠れないというのは毎度のことだが、今回もなかなかのものだ、、、
そんなわけで、結局寝坊してしまった。
例によって起き抜けには胃が動かないので、フリーズドライの中華粥を2個食べてお茶を濁す。
その後テントから出てみると、朝日が昇ろうとしていた。
もたもたしているうちに刻々と時間が過ぎ、結局出発は6時になってしまった。
雲取山荘に別れを告げて、朝日に照らされたテント場を後にする。
向かうは長沢背稜。
まずは何の変哲もない緩やかな登山道。
すぐに分岐が現れる。
道標によると、直進すると女坂だそうなので、左に行ってみる。
すると、開けた場所が現れる。
正面には、芋ノ木ドッケと白岩山が見えた。
「ドッケ」とは、尖った峰のことを指す言葉だそうだが、こうして見る分にはそんなに尖がっていないような。
6:03、雲取ヒュッテだった廃屋に到着。
前を素通りする。
造りは古いが、大きくて立派な山小屋だ。なぜ廃業したのだろうか。
雲取ヒュッテを過ぎてすぐ、男坂と女坂の分岐が再度現れる。
せっかくなので男坂に向かうも、日の当たらない陰鬱な道の模様。
この爽やかな朝日を浴びながら歩きたいのに、こんな道はイヤだ。
そんなわけで、わざわざ引き返して女坂に向かう。
女坂は、思ったとおり朝日サンサン。
これは快適!と思ったのも束の間、ぶっとい倒木が絶妙な高さで道を塞いでいた。
上を乗り越えるには高く、下をくぐるには低い。
少し悩んで下をくぐったが、ザックをズリズリと擦ってしまった。
6:14、大ダワに到着。
大ダワから男坂を見ると、やっぱり暗い。
大ダワからはしばらくなだらかな道を経て、
気持ちの良い明瞭な登山道を歩き、
次第に高度を上げる。
このあたりで、犬を連れた年配の男性に出会った。
どうやら、昨夜テント場で吠えていた犬のようだ。
その犬に
「こんにちは」
と挨拶すると、明らかに警戒感丸出しで
「ワワワワワン!!!」
と吠えられた。
センシティブな犬だ。そりゃ、猿が叫べばビビって吠えもするだろう。
こういう神経質な犬を山に連れてくるのは、犬にとってもストレスになるだろうに。。。
その男性と犬を追い抜き、6:32、芋ノ木ドッケと白岩山との分岐に到着。
ここからはしばらく急登が続く。
尾根にはちょっと岩っぽいところも。
木々の間から見える白岩山。
6:51、芋ノ木ドッケのピークに到着。
言うほど尖がってない。
ピークを過ぎて、落ち葉でほとんど隠れてしまっている微妙な踏み跡をたどる。
6:53、分岐でもないのに道標が現れる。
おそらく地形的に、この道標が無いと直進して変な方に入っていってしまいかねないからだろう。
そのすぐ先で、すっかり葉を落とした樹林帯に出た。空が明るい。
こういう空の下を歩けるのが、嬉しいんだよなぁ。
木々の隙間から見える秩父の山々は、霞がかかって幻想的だ。
道は芋ノ木ドッケからこっちはそもそも明瞭ではないのだが、ところどころで倒木などにより、道がどこに付いているのか分からなくなる時がある。
特にこういう広くてなだらかな尾根で道が消えると、ルートファインディングしにくくて不安になる。
ところによっては、低い樹木越しに山並みが見える。
次第に尾根は狭くなるが、アップダウンは少ない。
広葉樹林ばかりでなく、カラマツの群生地もある。
踏み跡はかなり不明瞭だが、なんとなくは分かる。注意しないと見落とす可能性がある。
「これ、どっちに行くのが正解なんだ?」というような場所が、たびたび現れるものの、
たまに現れる地味な道標によって、正しいルートを歩けている安心感を得ることができる。
道が思ったよりも不明瞭なので、常に方角を確認できるよう、サムコンパスを装着したままで歩くことにした。
このサムコンパス、すごく気に入っているのだが、すでに廃番。
アドベンチャーレース界隈の人たちはかなり困っているという噂を聞く。
7:23にたどり着いた小ピークには、小さな石柱が打ち込まれていた。
これがどこだったか、今これを書いている僕には記憶が無い。ヤケトノ頭だと思って撮ったような気もするけれど、うーん、、、
その先に続く狭い尾根を下る。
たぶん、ヤケトノ頭の北東側に伸びる尾根。この近辺にこんな顕著な尾根でこんなに標高差のあるところは無いので。
この斜面には奥多摩らしい岩もいくばくか有り、なかなか楽しい。
こういう岩がある場所には、きまって自生するシャクナゲ。
シャクナゲは常緑樹なので、季節感のない色をしているが、周囲は紅葉が進んでいる。
7:34、柱谷ノ頭との鞍部に到着。
ここからは、少しだけ登り返して柱谷ノ頭へ。
この道標のすぐ先で、たぶん柱谷ノ頭のピークに至るのだが、
どこにも山頂標示はなかったので、いつの間にか通過してしまっていた。
このあたりからは、比較的近いところに2つのピークが見えた。
白岩山と前白岩山だろうか。
長沢山へ向かう道は、しばらくの間は大変なだらか。
微風が吹きぬける爽やかな秋晴れの狭い尾根を存分に味わう。
7:52、道端に有蹄類の足跡を発見。
シカなのかイノシシなのか。
生き物の気配が濃いなぁと思っていると、尾根の北側斜面から、ガザガザという大きな音が聞こえた。単体だ。
音の方に目を凝らすが、姿は見えない。ただ、落ち葉を踏むガサガサという大きな音が断続的に聞こえるのみ。
リスなどの小動物なのか、それとも、僕の目が悪いだけで大型の哺乳類なのか。緊張が走る。
幸い、足音は次第に僕の方から離れていくようなので、その様子を気にしながら尾根を東に向かった。
尾根は相変わらずなだらか。
7:54、長沢山が見えてきた。
色付き始めた木の葉が作るトンネルを抜け、
長沢山のピークに向かう上り斜面に取り付く。
道端にはたくさんの赤い実をつけた枝が落ちている。
上りはそれほど長くは続かず、容易に山頂が見えてきた。
8:10、長沢山の山頂に到着。
コースタイムで3時間の行程を、2時間10分で到着。まあまあだ。
ここで、酉谷山方面から来た登山者に出会う。
彼は前日に酉谷避難小屋に泊まったそうだ。
そこには、酉谷避難小屋をベースにして3泊4日の日程であちこち歩いているオジサンがいたそうで、えらい大荷物を担ぎこんでいたとのこと。
その話を聞きながら、やはり奥多摩は第一線を退いた年配者のワンダーランドなのだなぁと、つくづく思った。
長沢山の先も、アップダウンの少ない稜線歩きが続く。
このあたりにも踏み跡の消えているところがあったりして、なかなか楽しい。
芋ノ木ドッケからこっち、非常にウィルダネス感のあるすばらしいルートが続いている。
それだけに、ルートファインディングのできない人にはお勧めできない。
ちょうど季節なのか、ノギクが方々に咲いていた。
8:26、水松山の手前でいったんルートは稜線を外れ、ゆるやかな北側斜面をトラバースする。
やはり稜線よりも、このようなちょっと下がった樹林帯の方が生物の気配が濃い。
すぐ近くから
「ココココココ・・・・」
「カカカカカカ・・・・」
と、キツツキが樹幹を叩く音が聞こえてくる。しかも、2箇所だ。
その一方は目視で確認することができた。コゲラだ。
さらに足元には、またしても有蹄類の顕著な足跡。
副蹄の跡が無いので、おそらくシカだろう。
再び尾根に向かってゆるゆると登り返す。
ちゃんと人の手が入っている道だ。
8:42、稜線に出た、と思ったら二重稜線の間の窪地だった。
下の地図の赤丸の地点だ。
僕は矢印に沿って上がってきて、赤丸の地点にいる。
この地図だと、県境に沿って尾根が延びていて、その南側の登山道は尾根を外して付けられているように見える。
が、実際は、登山道の通っているところも尾根なのだ。
ちなみに、この地形図だと県境尾根には登山道が無いが、「山と高原地図」では、県境をたどって水松山に向かう登山道があるかのように描かれている。
実際に現地で見た印象としては、下生えのあまりないなだらかな疎林なので、歩くのにあまり不都合は無さそうだが、踏み跡は見当たらない、という感じ。
そんなわけで、僕は無難に、県境の南にある登山道をたどる。
8:43、天祖山への分岐。
もちろん、天祖山ではなく、引き続き長沢背稜を進む。
地形図では尾根として表現されていない県境の南側の登山道は、こんなにも顕著な尾根。
進行方向左手(つまり北側)には、すぐそばに県境の尾根が見えている。
さて、ここで戸惑う。
このまま東に向かうと、水松山のピークを踏めない。
そもそも、水松山のピークってどれなんだ? あまり顕著なピークが見当たらず、きょろきょろしながら、県境尾根のほうを探る。
すると、ちょっとだけ盛り上がった箇所が目に留まる。あれが水松山か??
行ってみると、果たしてそこは水松山のピーク。
8:49、水松山のピークに到着。
「あららぎ」というと、近代日本文学を専攻していた僕としては、正岡子規の流れを汲む歌人たちによるアララギ派を想起してしまうのだが、直接の関係は無さそうだ。
歌碑の一つぐらい立ってるかと思っていたのだが、残念。
水松山から東に延びる県境尾根は、踏み跡が無いではない。
ちょっとこっちの尾根を行ってみよう。そのうち、南側の尾根と交わって登山道に復帰できるだろう。
そう思って歩き出したが、しばらく歩いても交わる気配が無い。
やむを得ず、二重稜線の間の船底部分に下り、南側の稜線に上がる。
南側の稜線に付けられた登山道は、比較にならないほど明瞭だった。
しばらく東に進むと、北側の稜線は消え、再び、なんの変哲も無い稜線歩きとなる。
一部、登山道が極端に狭くなっている箇所もあり、足を踏み外さないように慎重に歩く。
ただ、それも一部の話で、基本的には気持ちの良い道が続く。
9:14、開けた場所に出る。場所は滝谷ノ峰のちょっと手前。
なにやら、柵のような人工物が据え付けられた広場のような場所だ。
「山と高原地図」にも、このような場所については何も触れられていないので、意外に思いながら上がってみた。
すると、そこはヘリポートだった。
ヘリの着陸に不都合が無いようにするためか、稜線の両側の斜面の木も伐採されており、おかげで大変眺めが良い。
秩父方面。
奥多摩方面。
良き哉。
まさかこんなところでこんな眺めに出会えるなんて。
予期せぬ眺望に、思わぬ言葉が口をついて出る。
「いやー、眼福、眼福。」
自分でビックリした。
眼福?!
自分の語彙に、そんな言葉があったなんて知らなかった。
なんだよ、眼福って。
時代劇のジジイかよ!
つか、そんな言葉、本当に日本語にあるのか??
自分がこれまで使ったこともない言葉を発したことに動揺して、思わずキョロキョロしてしまう。
ジジイの霊とかに取り憑かれてるんじゃなかろーか。
(「2日目 後半」につづく)
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