このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2012年11月7日水曜日

山行記 : 2012年10月8日~ 奥秩父・奥多摩縦走 【4日目】 笠取小屋~笠取山~唐松尾山~将監小屋

(この記事は「【3日目】 甲武信小屋~破風山~雁坂峠~雁峠~笠取小屋」編の続きです。)



山の朝は早いが、今日の僕の起床は遅い。


この近辺はクマもシカも生息している地域だし、水場も近い上に、付近には僕1人しかいないという状態だったので、昨夜はクマ避けスプレーを手元に置いた状態で床に着いた。

が、近くのヤブからはいつまでたっても「ガサガサ」という、ケモノが歩く音がして、そのたびに眠りを妨げられる。
最初のうちは、気配がするたびに「いろはす」のペットボトルをクシャクシャしてこちらの存在をアピールしていたが、そのうちそれも面倒になって止めてしまった。

一番警戒していたのは、食物の匂いを嗅ぎつけたクマがテントの中にまで入り込んでくることだったが、クマがテントをいじりだせばさすがに僕も目を覚ますだろうと、タカをくくって寝てしまうことにしたのだ。

が、夜が更けるほどにシカの鳴き声がうるさくなってきた。

「ピエーーーッ!」
というか、
「キエーーーーッ!」
というか、なんとも表現のしにくいシカの鳴き声は、初めて聞く人にとっては、肺を出刃包丁で刺された人の断末魔の悲鳴みたいで気持ちが悪いに違いない。いや、そんな断末魔は僕も聞いたことは無いけれど。

そんなわけで、「ガサガサ」「ピエーーーーッ!」に夜遅くまで悩まされ、寝付いたのも日付が変わってからだった。
もしかしたら、僕は単独テント泊山行をやるには心が繊細すぎるのかもしれない。


おかげで、目を覚ましたらもう6時だった。
やっちまった、完全に寝坊した。

だが、特に焦りもしない。
というのも、今日の行動時間はせいぜい5時間程度だからだ。
将監小屋が今日のゴールなので、のんびりしていても大丈夫。

心配していた天候も、逆転満塁ホームラン的に快晴。
テントから外を覗いてみたら、空にはかろうじて朝焼けが残っていた。

すがすがしい朝だ。
こんな朝を、文字通り独り占めしてしまい、下界の皆様に申し訳ない。

7時近くになると朝焼けも消え、すっかり秋晴れの空になった。

笠取小屋の屋根よりも青い空。

朝飯を食い、のんびりモーニングコーヒーを味わってからテントの撤収に取り掛かった。
撤収作業をしていると、山仕事の人たちが車2台に分乗して駐車場に到着した。早朝から頭が下がる思いだ。

すっかり遅くなってしまったが、8:35、いよいよ出発である。

8:48、雁峠分岐に到着。

昨日はこの分岐の向かって左側から来たのだが、今日は向かって右側に進む。

道の端にはキャタピラの跡が生々しい。

昨日スルーした、看板の立っている小ピークを左手に見ながら歩くと、すぐに分岐に差し掛かる。

向かって左に向かうと小ピーク。右に向かうと笠取山だ。

今日は特に急ぐ行程でもないので、ちょっと小ピークに立ち寄ってみる。

小ピークに到着してみると、そこには三角点のような石碑と、下から見えた看板が立っていた。

なんでこんなところに、やたら手厚い人工物が設置されているのだろう?

看板を見てみる。
すると、なんとここは、3つの大きな河川の分水嶺だった。

こんな小さなピークが富士川、荒川、多摩川という、太平洋に注ぐ大きな3つの川の分水嶺だとは、想像もつかなかった。
たしかに、三角点のような石碑をよく見ると、三角柱の各々の面にそれぞれ河川の名前が刻まれていた。

3つの川すべてが太平洋に流れ込むので、いわゆる大分水界ではないのだが、それでもこんなちっぽけなピークがあの大きな河川の源流を分けているというのは驚きだ。
がむしゃらにゴールだけを目指して歩いていたら、完全にスルーしてしまうような小ピークだっただけに、感動もひとしおである。

この感動そのままに、南に見えた大菩薩に、甲州フルーツマラソンの健闘を誓った。
待ってろよ、大菩薩。

ひとしきり感慨に耽った後、再び笠取山を目指す。

小ピークを1つ越えると、笠取山の基部が見える。

見るからに直登なルートに、朝っぱらから萎える。

鞍部には、宮崎アニメに出てきそうな機械が打ち捨てられていた。

ここからは、笠取山のピークを越えずに巻き道をたどることもできる。

直登に萎える僕は、巻き道の誘惑に心が揺れる。
実際、雨の中の山行であれば、間違いなく巻いていただろう。
しかし、今日は恨めしいぐらいの快晴である。これを登らずしてなんとする、である。

というわけで、泣く泣く笠取山に取り付く。

なんだかもう、頂上近くの斜面が反り返ってるようにすら見える。
それは多分、僕の心が弱いせいだとは思うが、どうか許して欲しい。

最初のうちは、それほどの斜面ではない。

上の画像でも分かる通り、防火帯のように広い登山道の脇には、シカ避けの防護柵がめぐらされていた。
僕が通ったこの日も、この柵の設置作業(もしくはメンテナンス作業)は行われていた。山仕事の人たちには本当に頭が下がる思いだ。

この防護柵の成果なのか、僕が歩いている登山道は狭い範囲をたくさんのシカが歩いているようで、これまでにないぐらいにシカの糞が密集していた。まさに地雷原。

次第に斜面は角度を増してくる。

寝坊したとはいえ寝不足なので、この斜面がなかなかキツイ。天気が良いことと相まって、変な汗が出てくる。

が、やはり標高を上げるごとにどんどん景色が良くなっていく。
西側の山頂の直下まで来ると、昨日歩いた山々が一望できた。

南西に目を転じると、ウロコ雲の下にうっすらと富士山が見える。
(クリックして、大きい画像でご覧下さい。)

9:25、笠取山の西の山頂に到着。

笠取山には2つ山頂があり、西の山頂は山梨百名山、東の山頂が標高点というややこしさ。
というわけで、山梨百名山の方の標識。

これにはやっぱり標高は書かれていない。
ややこしい。

さっさと東の山頂に向かう。

東の山頂に向かう登山道は、岩ゴロゴロのイカツイ道だ。

けっこう紅葉は進んでいた。

9:38、笠取山の東のピークに到着。

ここからは、しばらく下り斜面。

9:57、水干で巻き道といったん合流する。

道標。

巻き道はここからさらに下るのだが、唐松尾山に向かうには、ジワジワと登り基調の道をたどる。

すぐに、黒槐山とのだだっ広い鞍部に出る。


疎林の登山道を登り、いつの間にか黒槐山のピークの南側を過ぎて、尾根に出る。

前方には唐松尾山の姿が見え隠れしてきた。

疎林の隙間から、富士山も見える。

このあたりの南斜面の紅葉は、日当たりが良いせいか、だいぶ進んでいた。



快適な尾根道を進む。

ついに飛龍山が見えてきた。

雲取山側からしか見たことがない飛龍山の姿を、ついに奥秩父側から見ることができた。
明日はあの頂に立つのだ。

11:17、尾根の樹木が途切れ、唐松尾山が目の前に現れた。

唐松尾山の右に見える尖った山は竜喰山。かっこいい名前の山だが、登山道はピークを通っていない。
さらに右側に目を移すと、

尖った竜喰山から稜線が飛龍山へと連なっている。
竜喰と飛龍が連なっているというのもなかなか興味深い。
で、その竜喰と飛龍の間、奥に見える山が雲取山だ。
ついにここまで来たか。

で、なぜこんなに展望が良いのかといえば、ここから登山道が急な下り坂になるから。

いや、標高としてはちょっとした落差みたいなものなのだが、こういうのが地味に足にくるんだよなーと。

その先すぐに、いよいよ唐松尾山への登りが始まる。

登り始めの登山道脇にあった樹木。

イモムシの足というか、子犬を産みたての母犬のお腹というか、なんともヘンテコな形状だ。

いよいよ唐松尾山の核心部に取り付こうとするあたりから、岩がゴツゴツし始める。

こんなところや、

こんなところを越え、

途中から岩場を迂回するようにルートが作られている。
のだが、その迂回路の踏み跡が非常に不明瞭で、どっちに行けばいいのか確信が持てない。

この程度の踏み跡(のようなもの)は、近辺にいくつもあって非常に迷う。
岩に道しるべがペイントされているのかと思ってよく見ると、ただのコケだったなんてことも。
正しいルートはこれなのか??と、おっかなびっくり進む。

本当にこれがルートなんだろうか。。。

うーむ、、、
とりあえず、踏み跡っぽいものの1つは尾根に向かっているようなので、それをたどってみる。
尾根にさえ出ればなんとかなるだろう。

尾根に出てみると、明瞭な道が西と東に向かっていた。

西に伸びる道。

東に伸びる道。

つまり、正しい道はこれだったのだ。
単に僕は正しい道を完全に外れていただけだった模様。
どうりで道無き道だったわけだ、と頓悟する。
いったいどこで道を外したのだろう。。。

この道を東にたどり、すぐに山頂の気配を感じる。

あそこが山頂に違いない。

と、たどり着いてみると、例によって山頂ではなく、山頂直下の分岐だった。

山頂はこっち。

分岐から見える場所にある。
せっかくなので、山頂を踏む。

標識。

標識その2。

国師ヶ岳と甲武信ヶ岳の間の標識に比べれば、まだ立派。

特に眺望が良いわけでもないので、さっさと将監峠に向かって下り始める。

しばらくは尾根道だが、

すぐにトラバース気味の道になり、

崩落箇所なのか沢なのか分からないような心細い足場を越え、

12:33、西御殿岩への分岐に到着。

この道標、完全に西からの登山者を想定していないような立ち方をしている。
回り込んで、将監峠側から道標を撮影してみる。

この分岐の先にある西御殿岩というところは眺めが良いそうなのだが、既にガスが出始めていたのでパスする。

ここから先は、ひたすらトラバースするように標高を下げていく。
途中、2~3箇所、崩落してるのか沢なのかよく分からない箇所があるも、歩く分には支障は無い。



極めつけは、登山道がスッパリと崩落して、高巻きする登山道がつけられていた箇所だ。
こんなふうに、見事に断裂していた。

この崩落箇所の下の方には、なにやら人工の構造物が見える。(画像をクリックして、大きい画像でご覧ください。)

地図と照らし合わせてみると、どうもあの辺りに巻き道があるようだ。
つまり、立派な巻き道にかかった、立派な橋ということだろう。
自分がたどってきた登山道とのあまりの差に愕然とする。

その数分後の13:09、山ノ神土の分岐に到着。

道標。

立派な巻き道(左)と、僕が歩いてきた登山道(右)。

そして、今から進む道。

13:12、何やら石碑が道端に設置されている。

なんだろうと近づいてみると、

あ・・・。

こんな人気のないところでどうしたら良いかも分からず、先を急ぐことにした。

13:17、牛王院平の分岐に到着。

道標には、将監峠から将監小屋まで「下り5分」と書いてあったが、ここから将監峠までの所要時間は書いておらず。
まー、いいけど。

少し歩くと、木々の間から西仙波山と東仙波山が見える。

一瞬、童歌「あんたがたどこさ」の「せんばやま」は、これか?!と思ったが、考えてみればあれは熊本だった。全く関係ない。
あの山の向こうに和名倉山があるんだなー、と感慨に更ける。

この一体は牛王院「平」というぐらいだから、起伏が非常に少ない。

そして、例によってシカの糞だらけ。
甲武信小屋から東は、完全にシカばかりだな。

と思っていたら、やっぱりシカの食害を訴える看板が立てられていた。

13:34、将監峠に到着。

道標。

牛王院平の分岐から17分だった。

ここからは小屋までひたすら下り。
下り始めてすぐに将監小屋が見えてくる。

小屋間近。

13:40、将監小屋に到着。

小屋の手前には水量豊富な水場があった。
が、どうもやはりこれだけシカの糞だらけの場所が上流にあると、生で飲むのは抵抗がある。。。

すぐ脇にはテント場。

快適そうなテント場なのだが、なんとなく虫の知らせで、今日は小屋に素泊まりすることにする。
昨日あまり寝れてないし。

さて、さっさと受付して、ビールと飲み水を買って、メシ食って寝るぞー!と思ったら、なんと管理人不在。
まさか、、、と思ったら、午後に戻る旨の置き書きがあった。
果たして午後の何時ぐらいに戻ってくるのだろう。。。

とりあえず、小屋の入口は開いていたので、中に入って待たせてもらうことにする。
他に客はいない。



1時間経過。

まだ管理人さんは帰って来ない。



2時間経過。

まだ来ない。



2時間半経過して、やっと自動車のエンジン音が聞こえた。
管理人さんが帰ってきたのだ。

さっそく素泊まりをお願いする。
が、反応が無い。
3拍ぐらいおいてから、
「いいよ」
との返事。
ただ、管理人さんは今晩下界で用事があるそうで、1時間ぐらいで下山してしまうとのこと。
部屋は好きに使って構わないということだったが、この小屋に1人かぁ。。。なんとも心細い。

とりあえず、コーラとポカリスエットを購入。
ビールもあるようだったが、空き缶の処理のことを確認するのが面倒になって買うのをやめた。
できればミネラルウォーターも欲しかったが、置いてないとのこと。
水場の水を使えばいい、とのこと。そりゃそうだよなー。。。うーん。。。

もちろん、水場の水は、沸かしてご飯とコーヒーには使わせてもらった。
贅沢なぐらいにザブザブと出っ放しの水場は、ありがたいのには間違いない。

17時過ぎ、管理人さんが下山していった。
急にシンとする山小屋。
とりあえず、荷物を広げて寝床を作る。

なんかもう、スゴイとしか言い様が無い。

これがまた、日が暮れたら家鳴りが始まり、ピシッ、ピシッ、と音がするわけです。
翌朝太陽が昇ってからもピシピシ音が鳴っていたので、超常現象の類なんかじゃなくて気温の寒暖の差によるものなわけだが、それでもちょっと心細いものだ。。。

気を紛らわそうとラジオをつけたら、まだ夕方だというのに、文化放送の高田純次の番組で壇蜜が下ネタを連発していた。
なんだかもう、いろいろとお腹いっぱいです。


こうなったら寝落ちしてやろうと思い本を読み始めたものの、全く眠気が来なくて、結局入眠は0時近く。
またもや睡眠不足気味。。。



(「【5日目】 将監小屋~飛龍山~雲取山~奥多摩小屋」編へ続く)

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