このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2012年8月12日日曜日

坪井伸吾 『ロスからニューヨーク 走り旅』

今の僕よりも年を喰った人が、ロスからニューヨークまで北アメリカ大陸を自分の足で走って横断する。そんな衝撃の試みの顛末を語ったのが『ロスからニューヨーク 走り旅』である。


!以下、ネタバレ注意!

読んでみると、結局一度にロス~ニューヨークを走り通せたわけではなく、セッションハイクのように2度に分けて達成している。
が、だからといってこの成果の価値はいささかも減じていないと、僕は思う。

そもそもこの走り旅は、いわゆるウルトラランナーのようにエイドが用意されていたりサポートスタッフがいたりするわけではなく、宿やルートも自分で探さなければならないし、必要なものは全て自力で担いで走らなければならない。

本書の表紙に載っている旅の出で立ちからすると、とてもじゃないが走る格好ではない。
ザックもトレランで使うようなコンパクトなものではなく、ウルトラライト系のハイキング用モデルのようだし、容量も大きい。
こんなもんを背負って走るなんて、ちょっと考えただけでも眩暈がする。

それにしても、アメリカのように不審者に対して厳しい国(ハロウィンの仮装をして家々を回っていた日本人留学生が強盗扱いされて射殺されるような国だ→詳細)で、この風体でウロウロして、よく無事でいられたものだと驚くばかりだ。(実際、ずいぶんとひどいあしらわれ方をしたケースも、本書にはたびたび登場する。)

反面、アメリカは冒険者に対して尊敬の念を持っている国民性のようで、著者を暖かく迎えてくれるケースも多かったようだ。これこそが、アメリカの陰陽なのだろう。


本書には僕にとっていくつも心に残るシーンがあるのだが、そのなかで1つ面白かった部分を引用させていただく。
-----------------------------------------------------------------------
1日の大半はただ走っていた。それなのに思い出すのは人のことばかり。肝心の「走っていた」事実にまつわる記憶は心の奥から湧いてこない。(P.197より)
-----------------------------------------------------------------------

やはり人間は、人間とのかかわりの中で生きてこそ人間たり得るのかもしれない。
だからこそ、アパラチアントレイルのスルーハイクのレポート『メインの森をめざして アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』のなかで、著者の加藤則芳氏は「人のこと」ばかり書いていたのかもしれない。


0 件のコメント:

コメントを投稿