このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2013年2月28日木曜日

NHKスペシャル取材班 『42.195kmの科学 マラソンの「つま先着地」VS「かかと着地」』


従来のマラソンのランニングフォームにおいては、かかと着地が良いとされてきた。
00年代に読んだマラソンのHowTo本には、だいたいどれも「かかとで着地し、つま先で蹴り出す。足を前後させるのではなく、回転させるイメージで」ということが書かれていた。
だが、かかと着地をすると膝が痛くなる。そんな膝痛に悩んでいた頃に出会ったのが、後のベストセラーである『BORN TO RUN』だった。
『BORN TO RUN』では、従来のランニングテクノロジーに対する異議と、ベアフッドランニング対する賛辞が書かれていた。

当時は、かかと着地の衝撃を抑えることにシューズメーカーのテクノロジーが過剰に注がれていて、シューズのかかと部分にワケの分からない衝撃吸収素材がゴテゴテを付けられていて、走りづらいったらありゃしない状態であった。
僕は『BORN TO RUN』を読んだあと、それまで履いていたランニングシューズを捨て、エリートランナー向けのペラペラな靴底のシューズを履くようになった。ベアフッドとはいかないまでも、ペラペラなシューズならそれに近いのじゃないだろうかと考えたのだ。

だが、そんなペラペラのソールのシューズで、十分に足の筋肉が出来上がっていないにもかかわらず従来の走り方をしたら、完全に膝が壊れてしまう。
そこで参考にしたのが、ベアフッドランニングの入門書だった。
それによると、ベアフッドランニングでは、かかとではなくつま先で着地するのだという。

さっそくつま先着地を試してみると、走り始めてすぐに、スネの筋肉が痛くなった。
特に、利き足側のスネの筋肉が痛い。やはり利き足の方が筋肉が弱いらしい。
いままでの走り方と異なるので、そりゃ今まで痛くなったことのない部分が痛くなるわなーと。

そんなつま先着地の走法は完全に我流なので、正しいのかどうかも分からない。
が、どうやらケニアのマラソンランナーはつま先着地らしいということを、いつも通っているスポーツマッサージの先生から聞いて、とにかくこのままつま先着地の走法を続けようと思って今日に至る。

最近はすっかりロードに対するモチベーションが消え去り、走るのはトレイルランニングに絞っていこうかと考えているのだが、そんな時に出会ったのが今回取り上げる『42.195kmの科学 マラソンの「つま先着地」VS「かかと着地」』である。

本書では、フルマラソンで2時間3分台の記録を持つケニアとエチオピアのランナー合計3名の身体機能を科学的なアプローチで調べ上げ、日本のトップランナーとどう違うのかを比較検証している。
それは、筋肉の作りや心肺機能、血液の組成などにも言及している。

そのなかで、非常に印象に残った部分がある。
今回の取材対象となった3選手の1人、パトリック・マカウに対し、その細くて長い足について取材者が言及すると、マカウはそれに応えてこう言ったそうだ。

「そうでしょ! 僕にとっては細くて長い足が重要なのです。あなたの足みたいに太くないのがね」(同書78ページ)

そう、ケニアのランナーの足はみんな細くて長い。特に膝下の細長さは、マラソン中継を見るたびに、これが同じ人間なのかと驚く程だ。
その近くを走る日本人選手の足は、太もももふくらはぎも太くてゴツゴツしている。(長さについては言うまい。)

実は、僕の足も、頻繁に山に登るようになってからどんどん太くなってきている。
おかげで、ちょっとやそっとでは壊れないタフな足にはなったのだが、ロードを走っている時にスピードをあげようとすると、なんだかとても邪魔に感じるようになった。
ケニアの選手のような足になれたら、それはそれはすばらしいことなんだけどなー、、、


いずれにしても、本書を読んで、我流で始めたつま先着地は決して間違いではないと確信するに至った。
ロードはもうあまりやる気はないけれど・・・。

2013年2月21日木曜日

『Green Walk』って休刊しちゃってたんだ?!

『Green Walk』の冬号がいつまで経っても店頭に並ばないなーと思っていたら、なんと休刊になっていた!
どうやら九州の登山者たちの間では知れ渡っていた話のようだ。


大変ショックだ。


今後、九州の山情報が手に入りにくくなるなぁ。。。




2013年2月18日月曜日

山行記 : 2013年2月11日 三浦アルプス トレイルランニング

西穂の山行が2日合わせても3時間足らずであったので、体力的に物足りなさ過ぎた。
これを補うべく、3連休最後の日に、再び三浦アルプスに走りに行く。

コースは1週間前と同じ。
特に何が変わったわけでもないので、手短に。

地図の確認も不要、道に迷うこともなかったため、1時間半ほどタイムを短縮できた。
できればこのコースを2時間半で走れるようになりたい。


ちなみに、北アルプスは吹雪だったが、三浦アルプスには春が来ていた。




2013年2月13日水曜日

山行記 : 2013年2月9~10日 西穂独標(敗退) 総括


(この記事は「2日目 残念な敗退と下山」編の続きです。)


結局、西穂丸山までしかたどり着けないという体たらくでの下山となった今回の山行。
2日間の山行時間は合計でも3時間に満たなかった。

それはそれで楽しかったのだが、ゴーグルの凍結さえなければ、少なくとも独標の直下までは行けていたはずなので、無念さもある。

とはいえ、僕が居た、まさのその日その付近で遭難が発生したそうなので、丸山で引き返して正解だったのかもしれない。


【心肺停止の男女発見 北アルプス西穂高、遭難夫婦か】
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130212/dst13021210510006-n1.htm

2,500m付近ということなので、独標よりも全然手前、丸山のちょっと先ぐらいだったのだろうと思う。
僕も、「ヤバイ」「危ない」と思ってからでは手遅れだということを心に刻んで、早めの撤退を今後も心がけたい。



その後、バスで松本に向かったのだが、北アルプスの東側(安曇野方面)はきれいに晴れており、なんでピンポイントに岐阜側ばかりが吹雪になるのかと無念でならなかった。


無念のあまり、翌日には三浦アルプスにトレランに出かけたのだが、それはまた後の話。


(完)

山行記 : 2013年2月9~10日 西穂独標(敗退) 2日目 残念な敗退と下山


(この記事は「1日目 西穂山荘まで」編の続きです。)


山の朝は早い。
というか、早いにも程がある。

そもそも、隣で寝ているおっさんが消灯以後も30分ごとに叫び声を上げるので、びっくりしてロクに眠れなかった。
山小屋泊は、同宿の人の当たり外れが激しいのがタマにキズだ。

おかげで、朝もおちおち寝てられず5時すぎには寝床から起きだして、部屋の外でパッキングを始めた。
こんな朝は嫌だ。

外を見ると、吹雪。
前日夜のブリーフィングのとおりの展開だ。嗚呼・・・。


朝食は5:45から。

あんまり食欲は無いが、無理やり詰め込む。

同じテーブルになった人達は、やはり外の吹雪を見て、一様にテンションが下がり気味だ。
無理もない。

早々に朝食を切り上げて、出発の準備に取り掛かる。
宿泊客は全体的に、準備のスピードが遅い。みんな、出発をためらっているのだろう。

僕としては、どうせ天気の回復が見込めないのであれば、さっさと突撃してさっさと下山してしまうのが良かろうと考え、早々に山荘を出た。
時刻、6:41。
まだ日の出前だ。
ニシホくんの背後にも、寒々しい風景が広がる。

風は強いものの、雪の降り方はそれほどでもない。

前日のブリーフィングでの風速予報は18mということだったが、実際に稜線に上がると、それぐらいありそうな気配がする。少なくとも、風の音は容赦の無い勢いだ。
気温は、小屋の入口前に設置された温度計で-14℃。ということは、稜線はもっと寒いはず。
風のことも考えると、稜線上では体感温度は-30℃以下というところか。
それなりに覚悟して向かわねば。

ということで、バラクラバをかぶり、メガネの上からゴーグルをはめる。
すると、バラクラバの呼吸穴がズレて口や鼻が塞がれ息苦しくなる。
あわててゴーグルを外し、バラクラバの位置を直す。
そんなことをモタモタと3回ぐらい繰り返しているうちに、メガネやゴーグルの内側に水滴が付いたりする。
すると、ゴーグルの内側が見事に曇る。
あわててゴーグルの内側を拭く。
またゴーグルをつける。
ゴーグルの中でメガネが曇る。
またゴーグルを外してメガネを拭く。

もう、軽くパニックである。

オレは無声映画のスタンドアップコメディか。


というわけで、見切り発車で出発する。

すでにゴーグルが曇って、山荘から丸山へ向かうトレースが見つけられない。
燕岳ではこんなに激しく曇らなかったのに、おかしい。

あとで知ったのだが、僕が使っているようなグラスが二重構造になっているゴーグルは、曇り止めを塗ってはいけなかったらしい。
そんなことを知らずに、出発前日に曇り止めをたっぷり塗ってしまったので、それが曇りの原因かもしれない。

モタモタしているうちに、時間ばかりが過ぎていく。
もうラッセルでもなんでもいいから、とにかく大体の当たりをつけて登ることにした。
股まではまりながら、なんとかトレースらしきところにたどり着いたら、途端に歩きやすくなった。
クラスト万歳。

サクッサクッとアイゼンを効かせながら快適に登っていく。が、視界は相変わらず悪い。ホワイトアウトもしていたが、それ以上にゴーグルの曇りの問題だ。
登り始めて5分で振り返ると、山荘とテント村の姿が寒々しい。
こうして見ると、本当に森林限界のキワのところに山荘が建っているのがよく分かる。

昨日のブリーフィングでは、ホワイトアウトで帰り道がわからなくなった場合、森林限界に沿って歩けば山荘にたどり着く、というアドバイスを貰ったが、まさにその通りだ。

稜線に出ると早々に、発達したエビの尻尾に出食わす。

実際、このエビの尻尾に恥じないような強風が、西側からバンバン吹き付けてくる。
その風は、登りの際には進行方向左から吹き付けてくるわけだが、油断するとよろけてしまって危ない。
風速の目安の表で見ると、風速15mぐらいだったと考えるのが妥当だろう。

そんな中、黙々と稜線を進む。
もはや写真では、どこが稜線だかもよく分からないぐらいホワイトアウト。
僕のゴーグルはすっかり内側が凍り、さらに視界が効かなくなってきた。
かぶったフードは風に煽られて、耳元でバタバタと激しい音を鳴らしている。

ああ、この感じ、冬山って感じでワクワクする。
ゴーグルが凍ってしまったこと以外は、すこぶる楽しい。
ナイフリッジを歩くわけではないので、、カラっと晴れるか、ガッツリ荒れるかでないと、面白くない。

凍ってしまったゴーグルでは足元を見ることも覚束無いので、ゆっくりと探り探り、足場を確認しながら丸山に向かう。

7:18、丸山の手前のケルンにたどり着く。
拡大しないと見えないかもしれないが、ケルンの向こう側には丸山山頂の標識が立っている。

7:22、西穂丸山山頂に到着。

なんも見えん。
このあと、進むべきか戻るべきか迷っていると、少しだけガスが薄くなって、西穂独標方面が見えた。

これも、写真じゃ全然分からないかもしれないが、肉眼では先行する3人パーティが歩いてるのがうっすら見えた。

先に進みたいという欲望と、凍ったゴーグルではもはや山荘に戻るので精一杯ではないかという危惧が入り混じる。
が、ゴーグルを装着して進行方向を探そうとしたら、もはや赤旗のついた竹竿すら見つけられない状態になっていたので、これ以上先に進むのは無理と判断。
山荘に引き返すことにした。

ゴーグルをしたままでは、帰り道ですら足を踏み外して滑落しかねないので、吹雪の中をゴーグル無しで歩く。
バラクラバから露出している部分を風からかばいながら歩くのだが、冷えすぎたのか、カキ氷を一気に掻き込んだ時のような痛みを眉間に感じた。

7:40、西穂山荘にたどり着く。
体力的には非常に物足りないが、ゴーグル無しではこれが限界だろう。

レストルームに入ると、ご飯の際に同じテーブルだった若者がいたので、
「丸山まで行ってきましたよ」
と声をかけると、レストルーム内がざわついた。
どうだったかと様子を聞かれたので、風が強い件と、ゴーグルが凍ってどうしようもなかった旨を話すと、その若者の他、レストルーム内で出発をためらっていた人々が一様に意気消沈した。
ああああ、、、悪い話しちゃったかなぁ。。。


さて、今このまま下山してロープウェイが稼働していないので、しばらくレストルームで時間を潰す。
せっかくなので、自販機でコーラを買ってみた。
350ml缶なんて、下界ではそうそうお目にかかれない。300円也。

さすがに2時間前に朝ごはんを食べたばかりなので、名物の西穂ラーメンを食う気も起こらず。
行程が順調なら、お昼に食べようと思ってたのになぁ。。。

8:10、西穂山荘を出発して、ロープウェイに向かう。
始発は9:15なので、到着して荷物をまとめてちょうどぐらいかなと。

吹雪のおかげで、トレースはふかふか。
といっても、トレースが消えるほどではない。なにせ、昨夜は星空だったのだから。

風は樹林帯に入ると一気に静かになる。
まー、こうなると思って気楽に構えてたんだけどね。

アイゼンもピッケルもすでに収納済みで、靴底で滑るようにして下る。
靴底だけでは済まず、尻セードでバンバン下る。
雪遊びみたいで、子供の頃を思い出す。


8:44、雪の回廊に到着。

雪の回廊ではバージンスノーを味わえた。
綿帽子のような雪を蹴散らし蹴散らし歩く。そのたびに、まるで重さが無いかのようなふかふかの雪が足元を舞った。

8:50、ロープウェイの西穂高口の駅に到着。

雪を払い、オーバーパンツやグローブなどを脱いでパッキングして、自販機でかったコーンスープを飲みながら始発を待つ。
なお、缶のコーンスープは、缶の横っ腹を少し凹ませて飲むと、流体力学がなんたらでコーンが最後の1粒まできれいに飲めるというのは、まさに知っ得情報。(→参考サイト


これにて、僕の西穂独標の旅はあっけなく敗退に終わった。



(「総括」につづく)



2013年2月11日月曜日

山行記 : 2013年2月9~10日 西穂独標(敗退) 1日目 西穂山荘まで


(この記事は「計画概要」編の続きです。)


僕は仕事の関係で福岡に出張することが多い。
なので、福岡行きの飛行機には頻繁に乗っているのだが、最近、新宿発7:00のスーパーあずさ1号に乗るのもそれと同じぐらいの頻度になってきた。

そんな日の朝は、やっぱり早い。
山の朝より早い。

というわけで、2月9日の朝も例に漏れず、5時前には起きて出発準備に取り掛かったわけだ。

そして、気付けば新宿7:00発のスーパーあずさ1号で松本に到着。
松本駅前にあるバスターミナルの10番乗り場から、新穂高行きのバスに乗る。

この場所の気温は、手元の温度計で0℃をやや下回っていた。
寒い・・・。

そして、10:25、バスが出発する。
出発早々、バスの車窓からは、青い空をバックに白く雪をかぶった常念岳のまばゆい姿が目に飛び込んでくる。

なんという快晴。
これは期待できそうだ!

そのまま揺られること2時間、新穂高ロープウェイ到着。
登山者たちがズラズラとロープウェイの駅に吸い込まれていく。

笠ヶ岳方面のどっかの稜線も見える。

ロープウェイの客の半分は登山者、半分は観光客といったところか。

第1ロープウェイから第二ロープウェイへの乗り換えは、いったん外の道を歩く。

この道には人工芝が敷き詰められており、普通の靴で訪れた観光客でも滑らないように配慮されている。流石だ。

第2ロープウェイから外を見ていると、なんだか次第にガスが濃くなってくるのが分かった。
ガスの切れ間から槍穂の稜線が見え隠れするという状況になってきた。
さっきまでの快晴はなんだったんだ?

それでも、かろうじて槍ヶ岳の姿は写真に収めた。
写真下部の黒い帯は、ロープウェイのゴンドラの窓枠だ。

13:40、第2ロープウェイの駅を出ると、そこは雪の回廊だった。

穂高の稜線は、ガスがどんどん濃くなっていく。

ここから西穂山荘に向かって歩き出す。
雪の回廊はまだ登山者ではない観光客もいる。その回廊が途切れるところまでほんの5分だが、これはこれで見る価値のある風景ではなかろうか。

回廊を抜けると登山道が始まる。

今回は山荘までキックステップで歩くつもりなので、アイゼンは着けていない。
トレースはばっちりついているものの、ふかふかサラサラの雪の感触が足の裏に伝わってきて気持ちいい。

燕岳の合戦尾根とはまた趣の異なる、きれいな登山道だ。

テンションが上がらないわけがない。

このルートは、夏の登山道とは違うところに付けられているようで、ルートを誘導する赤い布のついた竿が立てられている。
ありがたい。

このルートからは、槍穂を始め、北アルプス南部の山々が見えるのだが、どうもガスってしまって、ガスの隙間からしか見通すことができない。
そんななかでの奇跡の1枚。
うーん、撮ったはいいけど、どの山だろう・・・。
涸沢岳あたりだろうか。

14:48、小屋が見えてきた。
あれ、こんなところに・・・?
まだ1時間しか歩いてないんだけど、西穂山荘ってこんなに近かった??

いぶかしみながら近づいていくと、小屋の向こうにテント村が見えた。

あ、やっぱりこの小屋は西穂山荘だ!

山荘の前には巨大な雪だるまも。
僕の中では、この雪だるまの名前は「ニシホくん」に決定。

上の写真は別館で、登山道を登ってきた時に最初に目に入ったのが本館の模様。
とりあえず、入口を入って受付を済ませる。

居室はこんな感じ。
居室内での飲食・喫煙は禁止とのこと。

乾燥室と食堂は本館にある。

乾燥室。

食堂。

食堂前には書架がある。『島耕作』が全巻あるそうだ。

夕飯は18時からなのだが、それまでどこに居ようか迷った挙句、入口入ってすぐのレストルームで過ごすことにした。
食堂も居室も静か過ぎて嫌だったのだ。

レストルームは土間になっており、テント泊の人たちにも解放されている。
ただ、場所が入口入ってすぐなので、戸が開け閉めされるたびに冷気が入ってきてジワジワと寒い。

ここで持参したコーヒーを飲みながら読書をしていたのだが、レストルームにいる人たちが、窓の外を見て急にざわつき出した。
何事かと思って外を見ると、なんと、先程まで濃いガスのために全く展望の効かなかった景色が一変し、美しい景色が広がっていたのだ。

僕はレストルームのサンダル履きと素手のままで慌てて飛び出して、写真を撮りまくった。

テント場越しの六百山と霞沢岳。

丸山への取り付きとニシホくん。

だが、すぐにガスが再びたちこめてきて、山の姿は見えなくなる。
そして、僕の手も寒さで痛くなってしまった。
あわててレストルームに逃げ帰る。

というようなことを何度か繰り返して、西穂山荘からの景色を満喫した。

たぶん明神岳のほう。

傾いた日差しと雲海。

凍てつく樹木。

次第に陽の傾きも大きくなり、影も長くなる。

西穂山荘のトイレ越しに焼山。

これらの写真は、1度に撮影したのではなく、ガスってきたらレストルームに引き返し、晴れてきたらまた小屋から飛び出して、というのを繰り返して撮影した。
その間中、僕はずっとサンダル履き。
なかには丸山の取り付きに登って、笠ヶ岳方面を撮影している人たちもいた。
僕は登山靴に履き替えるのが面倒だったのと、翌日の晴天を信じて疑わなかったので、小屋の前をサンダル履きでウロウロしていただけだった。

次第に夕日に照らされて、赤味を帯びていく霞沢岳。

そして夕暮れ。

いいものを見させてもらった。
これだから冬山はやめられない。

その後しばらくして、夕食のアナウンスがされる。

食堂では、同じテーブルの方々と山の話に花を咲かせる。

夕食後、外に出てみると非常にキレイな星空。
これはやっぱり明日晴れるんじゃないか?

星空は写真に収められなかったが、せっかくなのでテント場のほうを撮影してみた。

その後、レストルームにて、山小屋のスタッフさん(オーナーだったかもしれない)からのお天気概況のブリーフィングがあった。
なんと、予報によると明日は吹雪。天気が良いのは今晩までとのこと。My God!!!
天気図を見せてもらったが、たしかにこれじゃ天気が荒れてもしかたない模様・・・。

落胆しつつ、ビールを飲んで就寝。。。。



(「2日目 残念な敗退と下山」編に続く)


2013年2月10日日曜日

山行記 : 2013年2月9~10日 西穂独標(敗退) 計画概要

2月の3連休、せっかくだからどこかの山に行きたいなぁ、と。
そんな軽い気持ちから選んだのが西穂高の西穂独標。

実は僕は、これまで穂高連峰には一切足を踏み入れたことがない。
(おととし、西穂高岳山行を計画したことがあったが、台風の直撃により実現できなかった。)
そんなわけで、今回の西穂独標行きは、無雪期に訪れたことのない山に積雪期に登るという、あまり推奨できない状態になってしまうのだが、それでも問題なく行けるだろうと考えたのには理由がある。

西穂独標にこの時期に行くとすれば、上高地からではなく、新穂高温泉側からのアプローチとなる。
つまり、ロープウェイで標高2,156mまで上がってしまうわけである。
そこから西穂山荘(標高2,385m)まで上がって1泊。
2日目に独標(2,701m)まで行って引き返して、そのまま帰宅。

コース上の危険箇所といえば、せいぜい独標直下のちょっとした岩場ぐらいだろう。
しかも、登山者の多いルートでもあるので、トレースがついていないわけがない。(アテにするわけではないが、それでもやはり心強い。)

なので、無雪期に行ったことがなくても、問題なく生きて帰ってこれるだろうと考えたわけだ。
天気が良ければ、お散歩コースと言ってもいいだろう。(あくまで、「天気が良ければ」だが。。。)

装備は、年始に行った燕岳とほぼ同じ。
異なるのは、ハードシェルとバラクラバだけ。

ハードシェルはマウンテンハードウェアのクエーサープルオーバー
スパルタンな環境下での使用に堪えうるということで購入したので、今回はそれを検証したいと思っている。

バラクラバは、燕岳で鼻や口の通気口がついていないタイプにコリゴリだったので、マウンテンハードウェアのエアシールドMCZバラクラバを新たに投入した。
はたして思うように機能してくれるだろうか。

気付けば、だんだんマウンテンハードウェアのアイテムの占める割合が大きくなりつつあるが、実写版『岳』に影響されたわけではないということだけは断らせてもらう。

そんなわけで、初めての穂高連峰に向けて旅立つのである。


(「1日目 西穂山荘まで」編に続く)


山行記 : 2013年2月3日 三浦アルプス トレイルランニング

すでに僕は、ロードに対するモチベーションを失っております。
やはり、歩くにしても走るにしても、山というフィールド抜きには語れなくなりました。

というわけで、今年はトレイルランニングにもうちょっと力をいれていきたいと思っている次第で。

そんな背景がありつつ、あまり泥濘や積雪の登山道は走りたくないなぁと思うわけです。
とはいえ、高尾山ですら、1月14日の大雪の影響から脱しきれず、いまだに道がドロドロだったりカチカチだったりするそうなので、場所選びがなかなか難しい。

そこで目をつけたのが三浦アルプス。
そう、三浦半島の付け根にそびえ立つ、ご当地アルプスです。

三浦アルプスは残念なことに、山と高原地図の範囲には入っていない。
なので、市販の地図としては、国土地理院の2万5000分の1の地図を利用するしかないのだが、非常に心もとないことに、2万5000分の1の地図では遊歩道の類は記載されていないケースが多々ある。
そこで、最も参考にしたのは京急が沿線情報として作成している三浦アルプストレッキングガイドだ。
このガイドで細かい地形を把握するのはハッキリ言って無理だが、2万5000分の1地形図には載っていない登山道がたくさん記されているのだ。
そんなわけで、コースを決めるにあたっては、このガイドの情報を大幅に参考にして、2万5000分の1の地形図にもろもろの情報を転記した上で、ガイドと地形図の両方を持参することにした。

当日。
まずはJR横須賀線で逗子駅まで。

8:40には駅前を出発して、まずは一般道を南下して、仙元山のハイキングコース入口を目指す。

南下すると、8:52、まず1つ目のトンネルである桜山隧道に至る。

桜山隧道に到着するのが遅かったのは、ここに至る過程で道に迷ったからだ。
アスファルトの道なんか嫌いだ。

このトンネルを抜けてしばらくすると、道端にローソンがあった。
微妙に腹が減っていたし、最後のエイドステーションだろうと考えて、立ち寄ってフルーツゼリーを買い食い。元気が出た。

その先ですぐにまたトンネルに出くわす。

この葉山隧道の手前を右折。
今度は折り返すようにしてすぐに左折して、坂道を登る。ちょうどこの葉山隧道の上を通るような塩梅だ。

この坂道が、地味にキツい。
乗鞍天空マラソンを思い出すようなキツい上り坂だ。
なんとか走って登り切るが、初手からこれでは先が思いやられる。

この坂を登り切ると、葉山教会が現れる。

この教会の向かって左側が、ハイキングコース入口である。
9:11、いよいよここからがトレイルの始まりだ。

トレイルを進むとすぐに、開けて気持ちの良い場所に出る。

左後方には相模湾が見える。
間近に海を見ながら山歩きができるなんて、なんと贅沢なことだろうか。

9:19、仙元山山頂に到着。

山頂からは、相模湾が一望できる。
冬らしからぬ温かい陽気のために、残念ながらモヤがかかってしまって富士山は薄らとしか見ることができなかったが、それでも十分にすばらしい眺めだ。
これで標高118mというのだから、なんとも手頃な絶景ポイントと言えるだろう。

さて、この山頂は広く、石碑が2つ建てられている他に、いくつかのテーブルとベンチが設置されている。

石碑その1。

石碑その2。

どっちも碑文は読み取れず・・・。

一応、山頂を示す標識もあるが、山頂の一番奥の隅に押し込められるように立っている。

この標識の向こうにトレイルが伸びていく。

仙元山の先は、いったん下るがすぐに登り返す。
そこは、根っこだらけの尾根道だった。

そのすぐ先には、切り株に手書きで書かれた道案内があった。
これが噂に名高い、三浦アルプス名物の手書き道標か!
こんなの、よく気を付けていないと確実に見落とすな・・・。
幸い、見落としたところで大勢に影響のあるような場所ではないので問題ないのだが。

尾根道を進むと、189ピークが見えてきた。

京急のトレッキングガイドによると、この189ピークへの登り坂には、約250段の階段があるそうで。
少し憂鬱になりながら基部にたどり着くと、
けっこうスゴイ。。。
今日はトレッキングではなくトレランをしに来ているので、気合を入れて一気に駆け上がる。
つもりだったが、ヘバってしまい、最後の50段ぐらいはヒィヒィ言いながら歩いてしまった。
なんせ、1段1段がなかなかの段差なのだ。

登りきると、そこは189ピークの頂上。
9:34、到着。

山頂には、礎石のようなものが設置されている。

「級基準点」というのは読み取れるのだが、肝心の何級なのかは分からず。

189ピークから先も、明瞭なトレイルが続く。

9:40、トレイル脇にベンチ発見。

あんまりトレイルっぽくないベンチが、わざわざトレイルに背を向けて設置されているということは、結構なビューポイントなんじゃないだろうか。

と思って見てみたが、
樹木に遮られて何も見えん。
なんなんだろう、このベンチ・・・。

9:41、分岐に出くわす。

右の道を塞ぐかのように「葉山小バス停」に誘う道標が、左の道を指している。右の道への道標は「クリーンセンター」と書いてあった。
ここでしばらく悩む。
地図に載っていない分岐なんじゃないかという疑念が払拭できないため、現在位置に確信が持てない。
右に行ってクリーンセンターに出てしまっても下山するルートになってしまうし、左は左で「バス停」に行きたいわけではないし、そもそも「葉山小」がどこなのか、京急のガイドにも地形図にも載っていないので見当もつかない。

というわけで、クリーンセンターへの道、つまり右側の道を選んで様子を見てみることにした。
すると、100mほど進んだところで、本当にクリーンセンターに出る道だということが判明した。
もうすぐ下にアスファルトの道が見えたのだ。
ガッカリして引き返す。

つまりここは、京急のガイドに
「分岐分かりづらい」
と書いてある場所だったのだ。
「分かりづらい」という言葉に引っ張られすぎて、こんな明瞭な状態になっているとは夢にも思わなかった。
そもそも「葉山小バス停」ってどこの話なんだ?? そっちに向かって、気付いたら下山してました、なんてことにならないのか??
不安を引きずりながら、左の道を進む。

この後も、道標の不明瞭さに苦しめられることになる。

どうやら、今度は進路が正しかったようで、9:47、観音塚への道標が現れる。

そもそもこの道は、地形図には全く載っておらず、京急のガイドでは観音塚へは直進するかのような描かれ方をしている。
が、実際は、左折しなければならない。

直進すると、実教寺という寺に出てしまうようだ。
なんだかもう、探り探りで進まなければならないため、全然スピードが上がらない。
少しフラストレーションを感じる。

その先すぐに、またもや分岐が現れる。

ここで、左に進むと森戸林道に出て、谷筋を進むことになる。
僕が行きたいのは南尾根なので、右に進む。

この先は、地形図にも載らないようなトレイルなので、ところどころで多少荒れていたりする。
こんな冬の最中なのに、トレイルが草で覆われているような場所もあった。

それでもまだ、観音塚までは、特に気になるほど酷い道は無かった。

9:53、観音塚に到着。

山頂には、観音様が据えられていた。

展望は微妙。


この山頂にも、あまり参考にならない道標が立てられている。

もうちょっと、道標の表示は分かりやすくしてもらえないものだろうか。
三国峠ってどこやねん! 一色住宅ってなんやねん!
京急のガイドにも出てないようなランドマークに誘導されても分かるか、そんなもん!

仕方がないので、方角で見当をつけて進む。
たしか、道標で「三国峠」となっている方向に進んだと思うが、覚えていない。

観音塚から先は、トレイルが細くなる。

分岐には、小さいながらも、これまでよりも丁寧な道標が立てられていた。
このタイプの道標は、この先の南尾根ではしばしば見受けられ、非常に助かった。
何よりも、ちゃんと分かる言葉で書かれているのがありがたい。

この道標の位置からは、次のピークも見えた。

こう見るとなんだか立派な尾根が伸びているように見えるが、よく見ると雑木がモリモリなだけなので、大したアップダウンではない。
なので、なだらかなコナラの並木(京急のガイドには「ドングリ並木」と書かれている)が伸びている。

9:59、さっきのピークの頂点に来たのか、中央道路3級基準点に行き当たる。

あんまり登った感覚がなかったので、拍子抜けする。

この先、獣道かと見まごうような笹のトンネルを抜ける。
冬場でこうなのだから、夏なら切り傷覚悟で歩かなければならないのだろうと思う。

10:04、分岐が現れる。
ここにも、例の小さな手書きの道標が立てられており、助かった。

と同時に、緊急時の目標番号の看板にも、弱々しい手書きで、進路が記載されている。

これはどうやら南尾根の名物のようで、この先、南尾根にあるすべての目標番号の看板に、同じ筆跡の道案内が記載されていた。
ちなみに、次の28番もこんな感じ。

ありがたい話ではあるが、本当にこれで良いのかとドキドキする。

28番と29番の間では、木々の間から、二子山が並んでいる姿が見えた。
右側が上二子山。左側が下二子山。

29番の先では、スズメのお宿でも出てきそうな笹ヤブを抜ける。

30番、31番は、トレイルではない方向への踏み跡があり、手書きの道案内が無かったら迷い込んでもおかしくない状況だった。


手書きの人、グッジョブ!

10:32、32番の先でまたもや分岐が登場。

またも、懇切丁寧な道標に助けられる。

33番の先すぐに、鉄塔が現れる。


京急のガイドでは、この鉄塔の下は休憩ポイントと書いてある。
どんな様子なのかと思いつつたどり着いたら、こんな感じ。


うん、まあ、これまでの南尾根のトレイルを思い返すと、たしかにここは開けているし、鉄塔の基部のコンクリートは腰掛けるのにちょうどいいので、悪くない休憩ポイントではある。
でも、展望はそれほど良くはない。

ここで5分程度の小休止をして、再び先を急ぐ。

鉄塔の先は、しばらく下り坂が続くのだが、そこにはスチール製の階段が作られていた。




やっぱり鉄塔のメンテの人が歩く道は、しっかり整備されてるのね。

10:57、上山口分岐に到着。


これを右に行くと下山してしまう。
左の道を進むと、乳頭山に至る。
もちろん僕は左へ。

すぐに別の分岐が現れる。


この分岐を右に向かうと芽塚というピークに至る(のだと思う)。
が、分岐の道標からはよく分からなかった。



ということで、左へ。

乳頭山へ続くトレイルは、幅が広く、よく整備されていた。

11:07、分岐が現れる。

うっかり直進しそうになるが、道標によると乳頭山へは右折しなければならないようだ。


どうも三浦アルプスは分岐がやたらと多いし、その分岐のほとんどがトラップのように紛らわしい。

分岐からたった2分で、乳頭山の山頂にたどり着いた。



乳頭山の山頂は、意外なほど東側の眺望が良い。

山頂にも例の道標がある。

山頂から伸びる、さまざまなトレイルが書かれていて、もうわけが分からない。
とりあえず、北上する。

乳頭山から下り始めてすぐに分岐に出食わす。

この分岐でも、いまいちピンとこなくてしばらく迷ったが、結局、道標にひっそりと書かれた「二子山」の方角が正しいことを納得して右に進む。

この分岐からは、木漏れ日の気持ちが良い稜線のトレイルとなる。
少し進むと、新手の道標が現れる。


商店街?!
ここは分岐ではないので、方角的にも「進む」以外の選択肢が無いのだが、それでも、
「この道は二子山じゃなくて商店街に至ってしまうのか?!」
という不安が頭をかすめる。
そもそも、「4、5丁目商店街」と書いてあるが、それがどこの「4、5丁目」なのかが全くわからないので、京急のガイドを見ても地形図を見てもサッパリ分からない。

だいたい、商店街へ誘導する道標をトレイルで見たのはこれが初めてだったので、激しく動揺する。
さすが裏山低山。

そんな裏山低山ならではの珍風景もありながらも、このあたりの尾根沿いトレイルはなかなか気持ちが良くて、走る気持ちを後押ししてくれる。

そして、見晴らしも良い。

南尾根は樹林が濃かったので、この見晴らしは嬉しい。

11:23、分岐に行き当たる。

道標は右の道への案内しかなく、直進した場合どこに行くのかは書かれていなかった。

一応右の道は「二子山」と書いてあるのだが、「商店街」や「東逗子」の文字が気になって、本当にこっちなのか?と疑念が晴れない。
悩んだ結果、いったん道標に逆らって直進してみることにした。間違ってたら引き返せば良いし。

直進すると、たしかにトレイルはしっかりしているのだが、すぐに鉄塔に行き当たる。

とりあえず鉄塔まで行ってみたが、そこから先に進む道が無い。
あれー?と悩みながら、行ったり来たりを繰り返す。

と、ここで、京急のガイドに記載された
「鉄塔の右に分岐がある」
の地点がさっきの分岐だったということに思い当たる。(思い当たるまで約10分かかった。。。)
結局、道標に従っておけば良かったのだ。
本日の前半でワケの分からない道標をたくさん見たせいで、道標に対する不信感が芽生えてしまっていたのが敗因だ。(と、責任の所在をなすりつける。)

そんなわけで、先ほどの分岐まで引き返し、あらためて西に進路を取る。

11:35、次の分岐が現れる。

この分岐には、いくつもの道標があり、ちょっとした道標祭だ。
その中でも、最も心を奪われた道標がこれ。

いかに手書き道標が名物とはいえ、フリースタイルすぎるだろ。。。

とりあえず、この分岐を直進すると、例の「4、5丁目商店街」へ、左折すると二子山のようだ。
もちろん左折する。
でも、何度地形図やガイドと見比べても、ここがどの地点なのかいまいちピンと来ない。こんなのは、他の山域では経験しないことなので、けっこうドキドキする。

分岐から先は、前日の雨の影響か、地面に湿り気が多く、ともすると泥濘になっているところも散見された。
ただ、地面の上に大量の杉の葉が落ちているため、比較的歩きやすかった。

で、それらの杉の葉をよく見ると、花粉たっぷりな感じのつぼみを付けていたりして、早春の趣を感じた。鼻の穴がムズムズする。

11:41、馬頭観音の分岐に到着。

馬頭観音をこの分岐から仰ぎ見るとこんな感じ。

「馬頭」というからてっきり馬の顔なのかと思っていたら、普通の観音様でした。

11:45、またもや分岐。

右折すると逗子グリーン・ヒル方面に下りる道のようだが、あまり人が頻繁に通っているような印象は無い。

その先すぐに、またもや分岐。

右に行くとイトーピア団地の方に下りる模様。
左に行くと二子山。
二子山への道標は、落ちていた。

この分岐から先しばらく、泥濘との戦いになる。前日の雨の影響なのだろう。
粘土層が露出したトレイルだから水はけが悪く、しかも斜度もそこそこあるのでとても滑る。
今日一番の泥濘地帯である。

しばらく泥濘と格闘し、再びまともなトレイルに出る。
そこでリスに出会う。

乳頭山以降、やたらとリスに出会う。
しかも、けっこうデカイ。
サイズから考えると、たぶん外来種のタイワンリスなんだろうけど、同定できるほどはっきり見えない。近づくと逃げるので、一定程度の警戒心はあるようだ。

11:59、自動車が通れそうな林道に出る。

林道に出たところには、マムシ注意の看板も。

このまま道幅の広い林道を走って二子山の山頂に向かう。

林道沿いには、こんな案内板も。

12:05、山頂直下まで来ると、電波塔が現れた。

柵に設置された看板を見ると、

え、「KDD」? KDDIじゃなくてKDD?

まー、気にしても仕方がないので、先に進む。
この柵の、向かって左側に短い階段があり、それを登ると山頂だ。

12:06、上二子山の山頂に到着。

三角点らしきものもある。

山頂の標識は、展望台の上に設置されていた。
まさかこの展望台込で207mってことじゃないだろうな・・・?

さて、この展望台からの眺めはなかなかのもので、東京湾方面も望めるし、

今日走ってきた山並みも一望できる。

この山頂が、これまた日当たりが良くて、春のようなポカポカ陽気。
すっかり気持ちが良くなって、日向ぼっこをしながらクリームパンを食べた。
もうこのままここで寝てしまいたい。
という誘惑を断ち切って、10分後には出発。
今度は下二子山を目指す。

上二子山からは比較的緩やかなトレイルが多いものの、あまり人がたくさん通らないのか、南尾根と同じぐらいに枝葉が生い茂っている。
その枝葉の隙間から、下二子山の姿が時折見えた。

12:27、下二子山の山頂に到着。

山頂の標識には「二子山(下ノ山)」という書き方がなされていた。

次に目指すのは阿部倉山なのだが、下二子山から先はより一層枝葉が茂っており、とてもじゃないが走る気がしない。

阿部倉山の姿も見えるには見えるが、もう、枝葉が邪魔でよう分からん。

鞍部から阿部倉山へは、直登せずにいったん北側に巻くようにトラバース気味に標高を上げ、山頂の北東まで来たらトレイルを直進せず、左折して山頂に向かう。
この分岐が非常にわかりにくく、手書きの小さな道標を見落とすとそのままいつの間にか下山してしまうことになる。

ここから山頂への道が、まさに野趣満点。
本物の獣道もかくや、というぐらいの荒れっぷりだった。
これで道ですからね。
とても走れんわけですよ。

で、12:45、阿部倉山の山頂に到着。

山頂の標識は、道のわりにはまあまあちゃんとしていた。

さあ、あとは下山するだけ。
標高を下げるに従って、トレイルがまともになってきて、走りやすくなる。

そしてついに、12:53、アスファルトに道に出る。

ここからは、イトーピア団地を抜けて東逗子駅方面を目指す。

13:10、東逗子駅に到着。

東逗子に降りてきたのは、あづま湯という銭湯でひとっ風呂浴びようと思ったからなのだが、営業時間が15時からということで不可。。。

このまま帰るのも悔しいので、駅前の寿司屋に入る。
この店、どう見ても個人経営の普通の寿司屋なのだが、名前が何故か「かっぱ寿司」。
あんまりいい名前じゃないと思うんだがなー。。。

で、海鮮丼1,200円。
パッと見は地味だが、さすが海の町だけあってネタがどれも美味い。
特にびっくりしたのが蒸しエビ。最初見たとき「なんだ、蒸しエビかぁ・・・」と落胆したのだが、食べてみたら、身も厚く味も非常に良かった。
たぶんこのエビのものと思われる頭を使った味噌汁も美味しかった。


【総括】

  • 京急の三浦アルプストレッキングガイドは、非常によくできたガイドマップだ。これがなかったらかなり苦労したに違いない。
  • トレランの人と熟年ハイカーばかりだった。
  • 分岐が多く、しかもどっちに進めばいいかに迷うケースがしばしばで、タイムロスが多かった。もう道は分かったので、次回からは大幅にタイムを短縮できそうだ。