このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2012年2月25日土曜日

オオカミのこと

少し前の『岳人』で、海外からオオカミを輸入して野に放ち、増えすぎたシカを抑制するという案を唱えている団体がいることを知った。
それが、日本オオカミ協会という団体だ。

随分思い切った提言だなぁと思って、その論拠を知ろうと思い、本を2冊ほど読んでみた。

それが『オオカミを放つ』と『日本の森にオオカミの群れを放て』である。


『オオカミを放つ』は、編著の3人のなかにこの日本オオカミ協会の会長と副会長が含まれており、『日本の森にオオカミの群れを放て』は、日本オオカミ協会会長の監修となっているので、日本オオカミ教会の主張を知るには適切な本ではないかと思っている。


本書は両方とも、2007年の刊なので、両方の内容に時系列的隔たりは無い。

その中で、『日本の森にオオカミの群れを放て』はライターが書いた概説的な話で、全体像を掴むにはちょうど良い本だと思われる。
それに対して『オオカミを放つ』は、学者さんが各章を受け持って書かれたスタイルなので、ポイントが深く掘り下げられている印象の本である。

この2冊を読んだところ、オオカミ再導入推進派の主張の議論の前提となっている、日本の自然に対する事実認識としては、以下のような点に絞られるようだ。

  • 現在の日本のシカ(ニホンジカ、エゾジカ)による食害やニホンザルによる被害は、捕食者(ニホンオオカミ、エゾオオカミ)不在により被食者が増えすぎてしまった結果である。
  • シカやニホンザルといった動物をこのまま放置すれば、日本の森林におけるエコシステムは崩壊してしまう。
  • 増えすぎたシカやニホンザルを狩猟によって駆逐しようにも、日本のハンターの平均年齢は60歳を超えており、また、ハンターの数自体減っているので、無理。
  • そもそも人間がおこなうハンティングという行為に、エコシステムの欠落を埋められるかは疑問。

このような問題を打破するための方法として、オオカミ再導入を推進しようとしているわけだが、オオカミ再導入によるメリットを以下のように論じている。

  • 日本の畜産の在り方を見た場合、オオカミが家畜を襲うことは可能性として極めて低い。
  • シカを中心に捕食するので、人間を含め、シカ以外の種(タヌキとかウサギとか)の個体数が減るような心配は無い。
  • オオカミが食べ残したシカの死体が、他の動物にとっても良い餌となり、生物の多様性にプラスに働く。
  • 人間を襲うことはほぼ無い。

としている。

どうしても外国から動物を輸入するということになると、外来種(ブラックバスとかマングースとか)による生態系破壊のことを連想してしまうのだが、その点についても以下のように述べている。

  • ニホンオオカミはそもそも世界各地に残っているハイイロオオカミと種を同じくする亜種なので、マングースを導入した場合のような、そもそも生態系に存在していなかったものを輸入するということではなく、元々存在していて欠落してしまったものを補填するというだけのことである。

まー、たしかに、トキも日本のは絶滅して、今一生懸命トキ保護センターの人が育てているのは中国産だもんなー。そういう意味では、トキは良くてオオカミはダメって話ではないわなー。

実際、アメリカやヨーロッパではオオカミを再導入して上手く行っているケースが多々あるようだ。
本書ではアメリカとポーランドの事例が紹介されていたが、日本オオカミ協会のHPではドイツの事例なども紹介されている。

ということは、たとえば生態系に負のインパクトが無い、と仮定した場合に、最後に残る不安は、なんといっても「人が襲われないか」という不安である。
僕のような登山者にとっては、これこそが身近で逼迫した不安である。
ただ、それについても、基本的にはリスクが小さいとしている。

オオカミが人間を襲わない理由として、獲物としてリスキーだからだと述べている。逆に、獲物としてリスキーだと思わせる、つまり、オオカミが人間に対して恐怖心を抱くような状態にしておかなくてはならないということも書かれていた。

その方法というのは、餌付けをしたり、キャンプ場などに食べ物を残置しないようにする、というのが第一であった。それと同時に、ハンターによる狩猟圧もあればベスト、ということである。
それさえ守れば、余程の天変地異などが無ければ、オオカミが人間を襲うリスクは無いということだ。

ただ、裏を返せば、上記に反すれば人間が襲われるということである。
実際に、『オオカミを放つ』では、キャンパーが襲われる話なども詳らかにされていた。
僕としては、日本の現状を考えた時に、一個人として非常に不安になる話だ。

というのも、このリスク回避についての考え方は、まるっきりクマに対する対策と同じで、現在の日本ではちょっと徹底できなそうだということだ。

たとえば、アメリカではクマが出そうな山域では、食料を密閉容器に入れて持ち運び、夜は木の高いところに吊るしてクマに食べられないようにすることが義務付けられている。そこまで徹底しないと、クマが人間の食料の味を覚えて、食料に吊られて人間を襲うようになってしまうからだ。
日本でも、人里までクマが下りてきて、人家の残飯をあさったりなどの問題が発生し、猟友会が駆除をしたり、ワナで捕獲して山深いところにリリースしたりなどしていることを考えると、どうしてもオオカミが「人間を襲わない」ことの対策を徹底できる気がしないのである。

もちろん、僕自身は食料の処置には非常に気を配っているが、だからと言って、無自覚な他人のせいで自分が襲われてしまうというのはとても怖い。基本的にクマが人間を襲わないことを知っている僕でも、山には熊スプレーを持って行くのである。

江戸時代、旅をする人はヤマイヌ対策に、町人身分でも刀を持って歩いたというから、オオカミの居る山域を歩くときには刀の携行を許してもらうなどの許可を得られるのでなければ、怖くて無理だ。


僕は、個人に出来るシカ対策として狩猟免許を取りたいと思っているぐらいなので、シカの食害を非常に気に病んではいる。だが、今の日本のグダグダ感では危なくて、オオカミを受け入れるのに慎重にならざるを得ないなーと思った次第だ。

今後の日本オオカミ教会の活動に注目していきたい。

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