このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2013年8月25日日曜日

山行記 : 2013年8月20日~8月23日 槍ヶ岳~大キレット~穂高縦走 1日目 槍平



(この記事は「計画概要と0日目」の続きです。)



山の朝は早い。

6時到着予定の夜行バスだったはずなのに、4時半に目的である新穂高温泉に到着してしまい、さっさと降ろされる。
予定外に早い。眠くて仕方がない。

もちろんまだ辺りは暗く、ヘッドライトを着けて出発の準備をする。
ボーーッとした頭では段取りよく準備をすることはかなわないが、どうせ今日は槍平小屋泊まりだから、コースタイムにして4時間ほどしか歩かない。ゆっくり準備をしよう。

もちろん、こんな早く着いたのだから槍ヶ岳山荘まで登ってしまうという手も考えたのだが、こんな睡眠不足ではまともに歩けそうもないので、予定通り槍平小屋泊まりで良かろうと判断した。

5時を過ぎると、少しずつ明るくなってきて、ヘッドライト無しでも見えるようになってきた。

バスが去った新穂高温泉バス停には、いっしょに乗ってきた登山者たちがまだ待機していた。
彼らはどちらに向かうのだろう。

5:07、新穂高温泉バス停を出発。
まずは新穂高ロープウェイの駅に向かう。

途中、登山指導センターに立ち寄って、登山届を提出。

が、この登山届に書いた通りの行程になるのかどうかは天気次第なので、なんとも心もとない。

5:20、新穂高ロープウェイの駅に到着。

営業開始前なので、扉は固く閉ざされている。

もちろん僕は、西穂に向かうわけではないので、ロープウェイには用が無い。
その脇を通る林道を歩くわけだ。

5:27、突然「槍穂高登山道」という道標が現れる。

あれ、しばらく林道歩きが続くんじゃなかったっけ?
しかも、やたら道が細いし、鬱蒼としている。大丈夫か、これ?

と思いながらも、試しに入ってみると、またすぐに林道に出た。
単なるショートカットだった。

その先すぐに、舗装路が途切れて砂利道になる。
うん、林道っぽい。

この退屈な林道をダラダラ歩き、5:40、ゲートに到着。

この林道は、ひたすら沢沿いをあるくのだが、そもそもこの林道は、砂防ダムを作るための工事用の林道なんじゃなかろうか、というぐらいに砂防ダムがたくさん設けられている。

この砂防ダムは滝谷まで続いている。が、この林道の終点はそのずっと手前の白出沢出合だ。

5:52、また林道から登山道への分岐。

ここも随分と鬱蒼としているので、入るのをためらっていると、後ろから来たニーチャンが、「これ、確か林道のショートカットだよ」と言って、ズンズン入っていった。
地図で確認したら、林道をそのまま歩くと大幅にぐるっと遠回りになるので、この登山道で正解の模様。
入ってみると、本当に鬱蒼としていた。
今後の登山道が全部こんな感じだったら憂鬱だなぁと思っていたら、変な踏み跡に吊られてルートをロストしてしまった。危ない危ない。
引き返して登山道を再発見し、事なきを得る。

6:20、鬱蒼とした登山道を抜け、穂高平小屋に至る。

すでにこの時、かなりの睡魔に襲われていたので小屋に寄って休憩をしようか悩んだのだが、特に明確な理由もなく先を急いでしまった。
この判断について、あとで少し後悔することになる。

再び退屈な林道歩き。

6:44、大きな沢筋とぶつかる。地図によると柳谷か。

このあたりを歩く頃には、歩きながらも眠くて眠くて、歩いている最中に寝落ちしてしまいそうになっていた。
といっても、寝転がれるような場所もなく。
こんなことなら、穂高平小屋で少し寝ておけばよかった。。。
そういえば、前回の夜行バス利用での甲斐駒ケ岳も、初日は辛かったなぁ。

7:33、穂高岳山荘へ直登するルートとの分岐が現れる。白出沢出合の分岐だ。
ここから穂高岳山荘までは、コースタイムで7時間。途中には山小屋もテントサイトも無い。できれば歩きたくない道だ。。。

そのすぐ先、白出沢に出るところに、なにか人工物があった。
近づいてみると、登山者向けの仮設休憩所だった。

テントに入ったネームから、おそらくこのあたりの砂防ダムなどの工事をしている建設会社のご厚意であろうことが伺える。
眠くてしかたないので、座って休憩を取る。
見ると、テーブルの上に、この休憩所に救われた人からの感謝のメモが置かれていた。日付はもう半月も前のものだ。

白出沢に出ると、沢沿いに治水工事用のものだろうか、工事車両の入れるような道が作られていた。
もちろん、登山者は沢を登っても仕方がない。
沢を渡って北東に進む。

これを渡ると、石畳と言うにはややワイルドな登山道が現れる。

その石畳も次第にワイルドさを増していき、すぐに単なる登山道となる。

8:20、「ブドウ谷」の標識が現れるが、樹木が生い茂っていて谷っぽい感じは目視では確認できず。

登山道に突き出た岩を登ったり降りたりしながら変わり映えしない景色の中を進んでいくと、登山道脇の茂みから足元に何か飛び出してきた。
蛇かと思ったら、カエルだった。

しばらく眺めていると、反対側の茂みに消えていった。
向かう先は右俣谷の沢か。

数歩先に進むと、山側の斜面に岩室が現れる。

人が2人ぐらい座ってビバーク出来そうな広さがあるが、実際にそういう用途を想定しているようで、石室の手前には
「緊急避難場に付キジ打等禁止」
の看板が立てられていた。

8:56、ガレた沢が現れる。これがチビ谷か。
この谷筋を登り詰めた先には崖が。
この崖の名前は、地図を見てもイマイチよく分からない。

その後も黙々と歩くが、眠気は去らない。
すでにトレッキングポールを出して、転ばぬ先の杖として使っているが、たまに意識が朦朧として岩や樹木に人の顔が見えるようになってきた。
トランスジャパンの選手がよく、レースの後半になると幻覚が見えるというが、僕は1日寝不足になっただけでいろんなものが見えるようになるらしい。
といっても、こんなところで座り込んでいたら、全身虫刺されだらけになってしまう。
滝谷避難小屋がキレイな小屋だったら、少し寝ていこうと考え、それを励みに前に進む。

この谷筋は、比較的樹木の背丈も低く、晴れていたらきっと南岳や中岳あたりが見えるのだろうけど、この日は重くガスが立ち込め、どれがどの尾根なのかの特定も難しい状態だった。
せっかく平日にわざわざ休みを取って訪れたのになぁ。

9:22、滝谷出合に到着。

滝谷避難小屋はこんな感じ。
あー、、、こういう感じかぁ。。。
寝るのは諦めて、あと1時間、槍平小屋までがんばることにする。
ここでで避難小屋まで上がらずに、そのまま川原を直進することにしたため、沢の流れの浅いところを探して渡渉したのだが、渡渉してから振り返ると、避難小屋の手前から橋が渡されていた。
ショック・・・。
そんなわけで、滝谷では二重にショックを被った。
いっそのこと、石の上に寝てしまおうかとも思ったが、体を冷やしても良いことは無いので休憩せずに進む。

ここで、やたらデカいザックを担いだ若い女性に抜かされた。
あんな重そうなザックを担いでいる人、しかも女性に抜かされるとは・・・。
やはり修行が足りないようだ。

滝谷を渡っても、登山道は石がゴロゴロだ。


槍平へ向かう道は、いったん右俣谷の沢の流れからは離れる。

槍平が近付くと、登山道と沢が再び近づくので、しばしの別れ。

このあたりまで来ると、ある程度視界も開けてくるので、来し方を見れば西穂が見えるはずなのだが、今日はガスっていて何がなんだか分からず。

9:54、大きな一枚岩に道標が書かれていた。

10:09、名もない沢を渡り、
次第に沢の音が近づいてくる。
槍平は近い。

10:34、槍平小屋に到着。

槍平小屋の前は、たくさんの花が咲き乱れていた。
これはトリカブト。
今、まさにトリカブトが花ざかり。

早々に受付を済ませ、客が誰もいない小屋でくつろぐ。

いざ小屋に着いてみると、眠気が遠のいた。
談話室には『岳』が全巻揃っていたので、1巻から読み直す。
これから自分が向かう場所での滑落死亡事故なんかが描かれていると、気が引き締まる。というか、怖い。

13時すぎに、いいかげん退屈になって横になると、即時寝落ち。
目が覚めると、現役引退世代の男性が2名、同室になっていた。
それぞれ68歳と65歳で、ソロでの登山の模様。
結局この日は、20人ほどの収容力のあるこの部屋に宿泊するのは、僕とこのお二人だけだった。

なかなか濃いお二人で、すっかり僕は話の聞き役に回ることに。
ここで詳らかにするわけにはいかないが、いろいろと興味深いお話が聞けた。
混んでる山小屋ではなかなかこういう機会を得難いが、この日のように宿泊客が少ないと自然と交流が生まれるもので、山の楽しみの一つでもある。

夕食は17:30から。
(ごはんの写真はiPhoneで撮ったのだが、翌日の嵐で壊れてしまったため、画像は残っていない。)
たいへん美味しくいただいた。


その後部屋に戻って、再び同室のお二人のお話を聞く。

21:00、消灯。
外では激しく雨が降っている。
明日の天候を憂いつつ就寝。

明日も早いのだ。


(「2日目 嵐の槍ヶ岳」つづく)







山行記 : 2013年8月20日~8月23日 槍ヶ岳~大キレット~穂高縦走 計画概要と0日目

今年は、夏休みを夏の間に取得することにした。(去年は10月だった。)
問題は、その夏休み期間にどこの山に行くかだ。
なにしろ、この夏唯一のソロ登山なのだ。目いっぱい充実した山行にしたい。

際限なく挙がる候補。

後立山。
八方尾根から上がって、唐松~五竜~鹿島槍~爺の縦走もいいし、白馬の大雪渓もいいなぁ。

飯豊連峰。
南東北出身の僕としては、飯豊は特別な山だ。
高校の山岳部時代、部長だったにもかかわらず親の許可を得られずに参加できなかった合宿、その行き先が飯豊だったので、それ以来の因縁だ。そろそろケリをつけたい。

裏銀座。
野口五郎岳に行きたい。野口五郎のファンなわけではないけれど、幼い頃に「カックラキン大放送」を見ていた世代としては、一度は行かなければならない山だ。

白根三山。
農鳥のオヤジがとても怖い人だと聞いて及び腰になっていたが、某雑誌の農鳥のオヤジについて記事を見てちょっと考えが変わった。オヤジに会ってみたい。

槍穂。
混んでいる山が大嫌いなので、これまで、槍も穂高も避けてきた。
が、せっかく平日に休みを取ったのだから、このタイミングで行くべきじゃなかろうか。
槍と穂高の両方に行くとなると、大キレットを通過しなきゃならないなぁ。

・・・・・大キレット。



・・・・・・・・・。





大キレット?!


大キレットにはまだ行ったことがないが、あんな恐ろしいところにわざわざ行くのか?
夏休みなんだからゆっくり休みたいわけで、飯豊あたりをのんびり縦走するのがいいんじゃないのか?

けれど、あのナイフリッジにはとても心惹かれる。
それに、来月、同僚を連れて剱岳の別山尾根に行くのだが、そのトレーニングとしてもちょうどいいのではないだろうか。
某雑誌では、一般ルートの岩場の難易度番付で、大キレットを「大関」、剱岳の別山尾根を「横綱」としていた。ならば、別山尾根の直前の腕試しとしても、大キレットに挑戦するのは大変有意義なことではないだろうか。


ということで、行き先は大キレットに決定。(この時点で、槍や穂高は大キレットのついでとなった。)

行程は、いったん以下のような設計で。


<8月19日>(0日目)
23:00 夜行高速バスで新宿を出発。

<8月20日>(1日目)
6:00 新穂高温泉に到着。
11:00 槍平小屋に到着。そのまま1泊。

<8月21日>(2日目)
6:00 槍平小屋を出発。
11:30 槍ヶ岳山頂。
15:00 南岳小屋に到着。そのまま1泊。

<8月22日>(3日目)
6:00 南岳小屋を出発。
    (大キレット越え)
9:30 北穂高小屋。
12:00 涸沢岳山頂。
13:20 奥穂高岳山頂。
14:00 穂高岳山荘に到着。そのまま1泊。

<8月23日>(4日目)
6:00 穂高岳山荘を出発。
7:30 涸沢
14:00 上高地
※1 涸沢からパノラマコースを通るか、横尾経由にするかは天候や登山道の様子による。
※2 体調が良ければ、涸沢に下りず、前穂経由で上高地に下りる。


無理をしない安全第一設計で、このようなコースと時間配分となった。
ただ、出発前の天気予報では荒天の予報だったので、計画は現場で柔軟に変更せざるを得ないだろう。

装備については以下のとおり。

まず、大キレットを越えるのに荷物を20kgオーバーにすると死んでしまうだろうと思い、テント泊は諦めた。
なので、装備は小屋泊のもの。
ただし、荒天の予報を受けて、着替えを少し多めに持った。雨でずぶ濡れになったときは、乾いた服に着替えるのが一番なのだ。

また、非常食は、アルファ米4食分のみ。昼飯は全部山小屋の弁当を注文することにした。
とはいえ、何があるか分からないので、行動食は少し多めに持っていった。行動食だけでも、計画的に食いつなげば、ビバークして停滞する前提であれば4日は保つはずだ。

ザックはまたもやホグロフスのマトリックス70。
自重が2kgを切っているのがやっぱり嬉しい。また、70リットルの大容量のおかげで、ヘルメットの収納も楽々だ。

ヘルメットは、CAMPのロックスターにするかPETZLのメテオにするかで悩んだが、丈夫さより軽さを選んでメテオを持参した。

加えて、虫除けスプレーや地図、カメラを収納するポーチはパーゴワークスのパスファインダーSを持っていった。(これについてはまた別途紹介したい。)

電車やバスでの移動時は、登山靴ではなく、ビーサンで。
登山靴はSEA TO SUMMITのウルトラSIL ショッピングバッグに入れて手持ち。

そんな出で立ちで、8月19日の夜の新宿、夜行バスの出発場所に向かった。



バスは毎日あるぺん号の3列シートタイプを予約したので、ゆったり座れるはず。
と思ったら、たしかにゆったり座れたのだが、3列か4列かに関係無い部分でゆったりだった。
というのも、バスに乗った客は僕の他に4人だけ。好き放題に席が使えてしまった。

以前甲斐駒ケ岳に夜行バスで行ったときに、車内での睡眠環境が最悪で辛かったので、今回は首枕と耳栓とアイマスクを持参。フル装備で睡眠を取った。

これで6時到着ならば睡眠時間も十分だ。

快適に寝ていたら、新穂高温泉到着の車内アナウンスがかかる。
時計を見るとまだ4:30。
早くね?!

睡眠不足のまま渋々バスを降りて、槍穂縦走1日目が始まった。


(「1日目 槍平」につづく)







2013年8月18日日曜日

山行記 : 2013年8月17日 岩殿山 岩場歩行の最終トレーニング

今年の8月下旬、槍ヶ岳から奥穂高まで、単独行での縦走を予定している。
それはつまり、大キレットと北穂高~涸沢岳という、厳しい岩場を通過することを意味する。
果たして自分は、その難所を独りで無事に乗り切ることができるのだろうか。
考えていても不安は尽きない。

ということで、大キレットに出発する前の最終調整がわりに、岩殿山へ行ってきた。

岩殿山は、JR大月駅前にある標高634mの低山だが、厳しいツラ構えで地元の象徴として君臨する山である。
評判によると、コースタイムが4時間ということで気軽に行ける一方、なかなか険しい鎖場もあるということで、最終調整の場としては大変好ましいところのようだ。

最終調整とはいえ、あまり負荷が小さすぎてもトレーニングにならないので、食材と保冷剤をクーラーバッグに入れて70リットルのザックに突っ込んでいった。
ランチはピクニック風に楽しもうという計画だ。

ルートは、JR大月駅から岩殿山に登頂したあと、尾根を稚児落しへ向い、その先を下って再びJR大月駅へと戻るという周回コース。
一番の見所は、稚児落しの絶壁のようだ。


朝9:38、JR大月駅に降り立ち、今回の連れ1名と合流。
地図と照合して、道を確認する。

9:44、大月駅を出発。

飲食店の連なった路地を東に向かう。

この路地を抜けると、JR中央本線の踏切に至る。
ここから、岩殿山の姿が見える。なかなかの威容だ。

踏切を渡ると東京電力大月支社。
その前を抜けると、一気に岩殿山が近づいたように感じる。
青空に一本の白線は飛行機雲。
このあとすぐに消えたので、上空の湿度は低い模様。今日は安定した晴天が続きそうだ。

ここから先は、「岩殿山」と書かれた道標が、順路を教えてくれる。

9:57、桂川を渡る。

この時すでに暑さで全身汗まみれとなっていた我々は、一瞬、川原に降り立ちたい欲求に駆られるが、誘惑を振り切って前進する。

10:02、岩殿山の入口に到着。

最初の階段を登ると、その先は数百メートル程度、コンクリートの舗装斜面。

この斜面を、どう考えてもこの低山には似つかわしくない70リットルのザックを背負って歩く。
そんな僕の姿を連れが撮影していた。
最近、日帰りでもやたらと出番の多いホグロフスのマトリックス70。
こいつで今年は、冬の北アルプスにも行ったし、丹沢にも、富士山にも、また、仕事の出張にも行った。
ミニマムな造りで軽量な本体ながら、20kg未満の荷物を背負うのなら文句なく使いやすいザックだと思うのだが、現行モデルのマトリックスには60リットルまでしかない。
マトリックス70の代わりにゾロ70という70リットルザックが登場したようだが、背負っていないので性能は知らないけれど、見た目はグレゴリーのトリコニの出来損ないのような印象で好感が持てない。

この先、岩殿山の山頂まで、坂道と階段が半々。
階段は嫌いだ。

10:09、鳥居のような門のような構造物が現れる。
その隣には、岩殿山の歴史について書かれた案内版が立てられていた。
これによると、信仰の山として切り開かれたのが最初のようだ。
登山道の入口に「岩殿城址」と書いてあったので、てっきり城が先かと思ったら、違うようだ。

この場所からは、南側の展望が良く、富士山もはっきり見ることができた。
富士山とかぶるように手前にある山は、たぶん杓子山。
富士山がまるで杓子山の蜃気楼のように見えてしまう。

10:13、「丸山公園」の道標がデカい。
その先すぐに、丸山山頂に建つふれあいの館が見える。
ふれあいの館には有料展示と無料展示があるのだが、いずれに行くにも靴を脱がなければならない。
それが面倒で、結局入るのを止めた。

ふれあいの館が建っている場所は、丸山という山の山頂。
標高444.4mって、そんなに4が並ぶものか???

ここからの展望も、やっぱり南側が開けており、富士山もしっかり見えた。
でも、心なしか富士山にかかるガスがせり上がってきているような・・・。

北側には岩殿山がそびえる。
目の前に迫ると、なかなかの迫力だ。
といっても、あの壁面を登るわけではない。

あまりここに長居する理由も無いので、早々に岩殿山を目指す。
なお、ルート上、トイレはこの先には無いので、ここで済ませておくのが賢明だ。

丸山山頂から岩殿山山頂への道は、ほとんど階段。

手を変え品を変え、階段が続く。
汗をダクダク垂らしながら登る。

相変わらず展望は良いが、富士山には次第にガスが登り始め、八合目から上ぐらいしか見えなくなっていた。

10:35、稚児落しとの分岐に到着。

ここから先も相変わらず階段が続き、10:38、揚城戸跡に到着。
ここは、天然の岩場を切り出して、細い道を通ってしか場内に入れないようにしてある。
攻める側とすれば、厄介な場所だ。
岩質を見ると、砂利と砂を混ぜ込んだコンクリートのように見えるが、いわゆる礫岩で、砂や石や土がものすごい力で圧縮されて固まったものであることが分かる。

ここを過ぎるとすぐに、稜線に出る。
この向こう側に何があるのだろうかと思ったら、イスとテーブルだった。
アンチドラマチックなオチだが、ここからは山頂広場がうかがえる。
この分岐を右に行くと山頂だ。

なお、この山頂側と反対を見ると、何やらルートがありそうな雰囲気。
だが、実際に行ってみると、数十メートルで行き止まりとなり、そこには案内版が立っていた。
この案内板によると、昔はこの先に大きな岩があったが、浸食で落ちそうになってきたので取り払ったとのこと。

10:41、岩殿山山頂広場に到着。

なにかの碑。(乃木希典の歌碑だそうな。)

石碑の横には山頂の標識。
標高634m。
僕は今、東京スカイツリーと同じ高さに立っているわけだ。

富士山はもう、山頂のほんのちょっとだけを残して雲の中。
夏の上昇気流の凄さを思い知った。

山頂は、日差しを遮るものの無く、すさまじく暑い。
立っているだけで汗が吹き出る。
山頂の東側に東屋があるのだが、大量の子供達とその保護者でいっぱいだったので、さっさと山頂を後にする。

稚児落し方面に向かうには、いったん分岐まで降りなければならない。

10:48、分岐に到着。

ここから先は階段が無く、やっとトレイルっぽくなる。

10:58、築坂という場所(?)に到着。

11:00、鉄塔の下を通過。
この最初の鉄塔を過ぎたあたりから、道に岩場が登場し始める。

11:02、最初の岩場。
ここはまだ、鎖ではなくロープがあるだけ。

この先は尾根道。見事に直射日光。

11:06、分岐が現れる。
どうやら、岩場を巻いて稚児落し方面に行く道もあるらしい。地形図には載ってないけど。

11:08、いよいよ岩登りとなる。
下のほうはトラロープだが、上3分の2は鎖。
岩の質が礫岩なので足裏は滑りにくいのだが、手のホールドがなく、体を持ち上げにくい。
仕方なく、ロープや鎖をホールド代わりにする場面もあった。

ここを抜けると、今度はワイドなクラックを垂直に登る。
コの字型の金具は、足を乗せるステップではなく、持ち手として利用する模様。

登りきると、意外と高度感がある。

高度感の分だけ、見晴らしも良い。

稚児落しに向かって、再び尾根歩き。やっぱり暑い。

11:15、兜岩に到着。

ここでは、岩の半ばに切り出されたトラバースの細い道を歩く。
歩けば良いだけなので特に難しいわけではないが、高度感はたっぷり。

道幅もけっこう狭いので、すれ違いは無理。

このトラバースを渡りきると、またもや垂直なクラックが現れる。
ここも、1回は鎖をホールド代わりにしないと登れなかった。

さらに続く、地味な岩。

登りきったところは、ちょっと広めの小ピーク。

岩殿山もよく見える。
岩殿山の裾野には中央道が見えた。
今日はUターンラッシュの日だと思っていたが、まだ午前中だからか、上り車線も空いているようだった。

再び稚児落しに向かって尾根歩き。

11:46、小ピークを越えたところで鉄塔に出食わす。

地図を確認すると、どうやら今しがた通り過ぎた小ピークが天神山だったらしい。

鉄塔の足元からは、大菩薩方面の山々がよく見えた。

それにしても、天神山には何の道標も無かったし、ただの小ピークにしか見えないような場所だったので、本当あれが天神山なんだろうかと疑問に思いながら歩いていると、天神様の祠が現れた。
本当に天神様なのか、念のため中を覗き込むと、たしかに道真公が祀られていたので、間違いなく天神様だ。(ちなみに、浅利天神と呼ばれているらしい。)
ということは、やはりあの小ピークが天神山だったんだろうなぁ。

天神様の前からは南西方面の展望が開けており、花咲カントリークラブが見えた。

再び尾根道歩き。

11:59、ついに稚児落しが見えてくる。

「稚児落し」の名前の由来は、戦国時代まで遡るそうだ。
当時岩殿山に城を構えていた小山田氏は武田勝頼を裏切って武田氏を滅亡させるも、今度は自身が織田信長に攻められる立場となった。
織田に攻められ城を密かに落ち延びるにあたって、当主・小山田信茂の子供、まだ赤ん坊の万生丸が泣き出したため、追っ手に所在を知られることを恐れて、万生丸を崖から投げ落としたそうである。
(参照サイト:相模原郷土の歴史研究会

稚児落しは、下掲のとおり、U字型になっている。
この場所の、赤丸のあたりから見た稚児落しはこちら↓。

ちょうどお昼なので、ここでランチにする。
今回はサンドイッチ。
クーラーバッグに以下の食材を入れて持ってきた。

  • トマト 4個
  • カットレタス
  • スライスチーズ
  • ハム
  • マヨネーズ
  • 卵 2個
これを、パンに挟んで食べる。

まずは、卵をスクランブルエッグに。
フライパンの向こうに写っているのが、今回持参したクーラーバッグ。
保冷剤を3個突っ込んできたが、この時点で保冷剤は一部まだ凍っていた。なかなかのパフォーマンスだ。

いろいろ食材を広げてしまって、やや収拾がつかなくなりつつ、めいめい勝手に食材をパンに挟んで食べる。
食材といっしょにクーラーバッグに入れてきたポカリスエットもキンキンに冷えていて美味い。

たっぷり1時間かかってランチを取り終え、再び歩き出す。

稚児落しをぐるりと回り込んで、下掲の赤丸部分まで来る。
さきほどまでランチを取っていた場所もよく見渡せる。
大絶壁。
日差しは暑いが、風の抜けが良く、快適。

ここから先は、ひたすら樹林帯の中を下るばかり。

砂礫で滑りやすい道を慎重に下っていく。
やはり樹林帯の中では体感温度がグングン増して、再び汗が吹き出してくる。
だが、蚊やアブヤハエ、その他羽虫の類は、今日は全く気にならない。虫除けスプレーをしているわけでもないのに、存在自体を感じなかった。
暑すぎるせいか、季節がもう秋に移ろっているのか、理由は分からないが非常に快適に歩けた。

かなり標高を下げたあたりで、笹が生い茂りはじめる。
が、それもつかの間。

13:57、民家発見。

民家の前まで出ると、そこからは道が舗装されていた。

たしかこの先、吊り橋を渡るんじゃなかったっけ・・・?
吊り橋って、車が通れるような橋なのか?
などと考えながら歩いていると、ちゃんとした橋を渡って、14:06、ちゃんとした舗装道路に出てしまった。

あれー???と思いながら尚も先に進むと、14:10、吊り橋が現れた。
どうやら、吊り橋を渡るのは、今歩いてきた道の途中でショートカットするルートだったようだ。
遠回りをしてしまった模様。

そこから先はダラダラとアスファルトの道をJR大月駅に向かう。
途中で中央道の下をくぐるのだが、すでに上り線は大渋滞。

14:35、駅前の歩道橋の上から岩殿山を望む。

14:41、JR大月駅に到着。

コカ・コーラを飲み干し、本日の消費カロリーを台無しにする。
これだから痩せないんだなー。。。


【総括】

岩殿山から稚児落しの周回コースは、非常に変化に富んで、かつ、展望も良いので、低山ながら非常に楽しい山であった。
都心を出発して登りに行くのであれば奥多摩に行くよりも近いぐらいかもしれないし、アプローチも楽で大変リーズナブルな山でもある。
ここは今後、季節ごとに来たいと感じた。

ただ、大キレットのトレーニングには全くならなかったなー。。。
逆に言えば、アスレチック気分で歩ける山なので、レクリエーションとして大変オススメだ。