このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2011年9月20日火曜日

山行記 : 【1日目】 2011年9月17日~18日 蔵王全山縦走 笹谷峠~刈田岳編

前日の夜のうちに東京を出発し、山形市内のホテルに前泊して迎えた縦走初日。
朝5時にホテルを出発するために朝の4時からモゾモゾと出発準備にとりかかった。

天気予報は雨だったが、今のところまだ降ってはいない。


前日のうちにもすでに幾つかの小さい忘れ物気付いていたが、ここで初めて非常に重大な忘れ物に気付いた。
なんと、登山靴のインソールを忘れてきたのである。
7月の山行時に帰宅後のメンテナンスのためにインソールを外して以来、そのままだったのだ。
東京を出発するときにはザックに登山靴を入れてビーサン履きで移動していたため、全く気付かなかった。

果たして、僕の軟弱な足はインソール無しに耐えられるのだろうか。。。
今さら考えても仕方がないので、とりあえず準備をしてタクシーに乗り、笹谷峠へ向かった。

笹谷峠への道は、まさに九十九折の峠の道で、冬季には閉鎖される。
今は山形自動車道が開通したため、宮城-山形間の交通は峠越えをせずに笹谷トンネルを通るそうで、峠への道は閑散として寂しい。
どれぐらい寂しいかというと、1台だけ対向車とすれ違ったのだが、その対向車が現れた瞬間、タクシーの運転手さんが「うわ、車が来た!」と驚いていたぐらいだ。

6:10、笹谷峠到着。標高906m。
広々とした駐車場があり、入り口には斉藤茂吉の歌碑がある。




















その北側には二口山系の山々が連なる。が、今回は行かない。
あくまで今回は蔵王なので、笹谷峠から南下するのだ。

蔵王方面への登山道の入り口は、ちょっと地味で分かりにくい。北アルプスや関東の立派な登山道ばかり歩いている人間には、ただの踏み跡に見えるかもしれないぐらいだ。
















登山口からすぐに山形工業高校の山小屋が現れる。
















どうもこの近辺の高校は山小屋を持っていることがよくあるようなのだが、なかなか維持が大変なようだ。この小屋はちゃんと使われているのだろうか。

















登山道の様子は、この後もしばらくは鬱蒼とした感じで、東北の深い森をそのまま体験できるのだが、北蔵王の登山道全般の特徴として、木の枝がちょうど僕の身長よりほんの少し低い位置に突き出ていることがしばしばある。
















僕がかぶっているキャップが、ツバが少し長めなため、ザックを背負って前傾になって歩くと、ちょうど自分の頭ぐらいの高さは視界に入らない。
かといって、木の枝ばかり気にしていると足元に目が行かなくなり、あらぬところでコケたりする。

そんなわけで、北蔵王だけで10回は木の枝に頭をぶつけた。これが、テンプル直撃で思いのほか痛いのである。

東北の深い山を歩くときには、ツバのついた帽子はお勧めできない。


さて、笹谷峠を出発して最初に現れる三角点は雁戸山の山頂なのだが、そこに至るルートは2通りある。
今回我々が通ったルートはカケスガ峰(現地の標識では「カケスが峰」)を通らないので、展望はしばらくつまらない状態が続く。

今回のルートの初のピークである前山は、ルートが山頂を通っておらず、鬱蒼とした木々に視界を阻まれてどこがピークなのかも分からないままに通り過ぎた。

そして、ついに今回の最初の難所「蟻の戸渡り」を迎える。
「蟻の戸渡り」といえば戸隠山の絶望的なまでのナイフリッジを思い出すのだが、ここの「蟻の戸渡り」は、もう少しマイルドだ。




















それでも、急な岩場であることは間違いない。
基本に忠実に、三点支持でしっかりと登りきる。
すると、雁戸のピークだと思っていた場所が、実はその手前の偽ピークであったことを思い知らされる。




















「蟻の戸渡り」を登っているときには上の画像の手前のピークしか見えていないので、てっきりそこが雁戸のピークだと思ってしまうのである。「山と高原地図」の1万5000分の1の地図では、この地形までは読み取れない。ショック。

その偽ピークを乗り越え、いよいよ雁戸山の頂上に到達すると、眼下の風景はほぼパノラマビュー。

北西には山形市内。
















西には蔵王ダム。




















東には重畳たる山々。
















そして雁戸山の頂上と三角点。標高1,484m。8:38到着。









































ここで朝食のため大休憩。
前日の酒が汗と一緒にやっと抜けたので、食欲もしっかりと戻ってきた。

朝食を食べたら、体が冷え切らないうちに出発。
次に目指すのは南雁戸山だ。

途中、八方平と、そこに建てられた避難小屋が見えた。
(赤丸部分に避難小屋の屋根が見える。)
















八方平というだけあって、本当に平らだ。

それにしてもあんな深い森の奥に、どうやって山小屋を建てたんだろう・・・。ヘリで運んだにしても、資材の置き場所はどうやって確保したのだろうか。先人の苦労がしのばれる風景である。

実は南雁戸のほうが標高が高い。
その南雁戸の山頂には、退蝕激しい石碑があるのだが、ぜんぜん読み取れない。。。




















南雁戸から標高で200m下ると、八方平に出る。
八方平を上から見たときはひたすら平らだったが、実際にその中に身を置くと、とても濃い樹林帯だった。
このあたりは植林ではなく天然林なので、植生も豊かでいかにも深い森という感じである。

その八方平を進むと、避難小屋が姿を現す。
10:10、八方平避難小屋到着。
















中をのぞくと、二段ベッド形式で全部で8面の居住スペースが用意されていて、先人が残置していったと思われる毛布なども数枚置かれていた。




















また、中央には大きな囲炉裏があり、焚き火で暖をとれるようになっている。




















もともと単独行で今回の縦走をやろうと思っていたときには、早朝に東京を出て、初日の夜はこの避難小屋に泊まろうと思っていた。
これなら充分快適に泊まれる環境だということが分かったので、今度泊まってみたいと思う。

また、この近辺には特にエゾオヤマリンドウが群生していて、群青色の小ぶりな花を咲かせていた。
















八方平を出ると、次に目指すのは名号峰。
これがなかなかの距離をダラダラと登り続けるルートで、展望も無い。
さほど急な登りは無い。

この頃から、少しガスってきた。
10時を過ぎて、次第に地温が上がってきて、低い位置にあった雲が上昇気流に乗って上がってきたのだろう。

八方平避難小屋から1時間半程歩き、12:06、やっと名号峰の山頂に到着。




















名号峰には去年、刈田岳方面からアプローチしているので、これで一応北蔵王は一通り歩いたことになった。ここから先、刈田岳までは去年歩いているので、少し緊張もほぐれる。

ここで昼飯。
風が心地よい。

30分ほど休憩をした後、再び歩き出した。
去年通った道ということもあり、「ああ、こんな感じの道だったなー」と思いながら、リラックスして歩く。
そして、道に飛び出して生えている枝に頭をぶつけて、「あー、去年もよくぶつけたなー。。」と思い返す。




















12:53、追分の分岐に到着。
















画像向かって左手に下ると、かもしか温泉跡地を経て蔵王寺に至る。
刈田岳へは画像中央右手の岩の奥に向かう道を進む。
画像では見切れているが、右手には下生えの生い茂った道が伸びており、延々と何時間も下ると蔵王ダムに至るようだ。

もちろん我々は刈田岳に向かった。

追分の分岐を過ぎると、今度はすぐに自然園と呼ばれる庭園風の開けた場所に出る。
















ここには何故か墓標が立っていて、素晴らしい景色を睥睨していた。
(お墓を写真に収めるのは抵抗感があったので、画像は無し。)

自然園を過ぎたあたりから、どんどん登りがキツくなってくる。
背丈の低い様々な植物と、ゴロゴロの岩と、火山特有のザレた地面が待ち構えていた。








































そこを過ぎれば、あとはもうエピローグのようななだらかな道を通って熊野岳に至る。
















熊野岳山頂付近には避難小屋があるのだが、これが石とコンクリートでできた小さな小屋で、熊野岳の厳しい冬にも耐えられる堅牢な造りになっている。




















ちなみに、冬場の入り口は高い場所に作られているのだが、雪が降るとこの入り口も埋まってしまうそうだ。




















この避難小屋の南東に、有名なカルデラ湖である「御釜」がある。
避難小屋にたどり着いたときにはガスで見えなかったのだが、しばらく粘っていたら、奇跡のようにガスが晴れはじめ、ついにはその姿を現した。
















初めて見る御釜のエメラルドグリーンの水面にテンションは上がりっぱなし。
御釜の写真ばかり30枚も撮ってしまった。

御釜は、五色沼という別称からも推し量れるとおり、日差しに当たり具合などによって青みがかったりなど、いろいろな色味を見せてくれる湖である。
次に来たときには、また別な表情を見たいものだ。

御釜をひとしきり堪能したあとは刈田岳へ。
もはやここまでくると、すぐそこまで自動車で乗り入れられるので、普段着の観光客が山ほどいる。
もうここは下界と変わらない。

刈田岳には観光客向けのレストハウスがあり、食堂や自販機もある。
ここで水のペットボトルを購入。

その後、今日の宿となる小屋へ。
前夜、3時間しか寝ていなかった我々は18時には就寝してしまった。

夜中に目を覚ますと、激しい雨が降っていた。
2日目の天気は大丈夫なのだろうか。。。




山行記 : 2011年9月17日~18日 蔵王全山縦走 計画概要

蔵王は山形県と宮城県の県境に連なる一連の山々の総称である。
北は山形自動車道笹谷トンネルのすぐ南、笹谷峠に発し、南は不忘山の裾野まで、直線距離で約20km強、その中央に位置するのが熊野岳、刈田岳で、蔵王権現が祭られた神社が山頂に置かれている。
この地域のことは、蔵王温泉や蔵王スキー場、また、冬場に見られる樹氷などでご存知の方も多いのではないだろうか。

今回の山行は、その蔵王を北から南まで縦走するというのがテーマだ。

スケジュールとしては、1日目に北蔵王(笹谷峠~刈田岳)を、2日目に南蔵王(刈田岳~不忘山を経てみやぎ蔵王白石スキー場)を踏破し、そのまま温泉宿に1泊するというもの。
そのために、前日の夜に東京を発ち、山形市内のホテルに宿泊する。

元々は単独行のつもりだったが、蔵王の山中に一人で宿泊するというのはなんとなくオバケが出そうで怖いので、地元高校山岳部出身の知人にガイドをお願いしての2人パーティである。蔵王を知り尽くしている人との山行ということで、なんとも心強い。
また、この同行者のおかげで、刈田岳近くの小屋に泊まれることになった。これもまた非常にありがたい。蔵王縦走では、無雪期には幕営はほぼ禁止されており、通常は避難小屋に宿泊するしかないのだ。

蔵王という山は、もっとも標高の高い熊野岳でも1,840mと、決して高い山々ではない。
しかし、その懐は深く、樹林は濃く、険しい岩場もある。非常に魅力に富んだ山域である。
と同時に、舐めてかかるとひどい目にあう可能性も充分にある。なにぜ、今回の縦走路上に営業小屋は存在しないし、特に北蔵王は登山者もほとんど通らないので何かあっても他力をアテにすることが難しいのだ。
完全に自己責任である。


装備は、

シューズ : LA SPORTIVA 「パミールGTX」
ザック : GREGORY 旧「トリコニ60」






















小屋泊なのでシュラフは持たず、何かあったときのためにツェルトとシュラフカバーとアルミ蒸着シートを持った。
また、9月中旬といえど東北の山は天気が崩れると一気に冷え込むので、フリースとダウンジャケットと中厚のウールのアンダーウェアを持参した。

しかし、これらの装備を慌てて準備したため、致命的なミスが発生した。
そのミスとは・・・。

2011年9月16日金曜日

登山雑誌3誌 発売

また15日が来ました。
ということで、登山雑誌3誌10月号の発売日です。

まず『岳人』。




















あいかわらずのガチっぷり。
特に「八甲田を歩くのに根差した正装」として掲載されている服装は、昨今の山ファッションブームなどそもそも視界にすら入っていないほどの気合の入りよう。
何事にも適したスタイルを突き詰めていくことの大切さを感じる。


次は『山と渓谷』。






















とことん紅葉ばかり。
紅葉の時期は混むんだよなー、、、


最後に『PEAKS』。






















高校生のころから憧れている朝日連峰に、楽しげに登っている様子が巻頭特集で悔しい。
朝日とか飯豊とか行きたい。

高橋庄太郎さんの雲ノ平もうらやましい。


あああ、自分は明後日から蔵王縦走だった。
ブログなんか更新してないで早く準備しなきゃ・・・。




2011年9月10日土曜日

インプレッション : テントマット

高校山岳部時代は、そもそも「テントマット」などと呼べるようなものは持ち合わせていなかった。
雪上幕営のときでもぺらぺらのレジャーシートのような銀マットを敷いただけだった。
今考えてみればあんなモンでよくしのいだものだと、呆れるばかりである。

大人になって、資金力と知恵がついて、ちゃんとしたテントマットを購入してみた。一度使うと、もはやテントマット無しに寝ることなど考えられなくなってしまった。
こういうのを「軟弱」というのだろうが、もはやあの頃の倍以上の年なのだから、これぐらいは許してもらいたい。

これまで購入したテントマットについてだが、まず、モンベルの「U.L.コンフォートシステムパッド 90」。
これは、いわゆるウレタンフォームパッドで、普段は小さく丸めておけるが、いざ使う段になって広げると、ウレタンの合間に空気の層ができて保温性が確保できるというものだ。
もちろん、そのままで空気の層ができるのではなく、広げた跡にチューブから空気を吹き込まなくてはいけない。これが意外と面倒だしシンドイ。

正直このマットは、思ったほどの快適性を感じられなかった。
コンパクトなのは良いが、あまり厚みも無いので、ありがたみを感じにくい。

そこで次に試したのが、サーマレストの「Z Lite」だ。






















上の写真は、マジックテープで束ねている状態。
このZ Liteは、ウレタンそのままのタイプ。
ウレタンそのままのタイプは嵩張るのが難点なのだが、「Z Lite」はその中で比較的嵩張らない造りになっている。そして軽い。

だが、やはり防寒性は劣るようで、先日の燕山荘のテン場での雪上幕営では、雪の冷たさがキッチリと腰に伝わってきた。

そして今回、「Z Lite」の反省を生かし、ついに買ってしまったのが同じくサーマレストの「RidgeRest SOLite」。






















嵩張り具合は「Z Lite」の比ではなく、「Z Lite」を束ねていたマジックテープでは長さが足りなかった程。
それはつまり、それだけ分厚いということで、その分防寒性に優れているわけだが、やっぱり重い。
とはいえ、その防寒性については、テクノロジーを感じずにはいられない進化が遂げられている。それは、マット表面の銀色の部分である。
この銀色はレスキューシートでおなじみのアルミ蒸着加工によるもので、これにより重量増加がほとんど無いままに防寒性を飛躍的に向上させているそうな。
皆さんも、寒くて寝付けないテント泊の夜に、テントマットの下にレスキューシートを敷こうかどうかで悩んだことあるでしょ? でも、この「RidgeRest SOLite」ならば、そんなことで悩む必要は無い(はず)。だってもう、レスキューシートを敷いているようなものなのだから。
今月の甲斐駒ケ岳で早速使ってみる予定。
(蔵王は小屋泊なので持参する予定無し。)


これらのテントマットは山以外でも、花見の際の座布団代わりにするなどいろいろな使い方ができるので、下界でも重宝する。
まー、花見ごときの座布団ならばヨガマットで充分だけどな。



『ワンダーフォーゲル』 2011年 10月号

『ワンダーフォーゲル』 2011年 10月号 発売されてました。


第一特集はソロトレッキング。
最近、ソロトレッキングはよく雑誌で特集されますが、それだけソロに対する風当たりが小さくなっているということでしょうか。

今月、ソロで甲斐駒ケ岳に黒戸尾根からアプローチする予定の僕にとっては、心強い特集です。

第二特集は「紅葉最前線」。
紅葉の季節の山は混むからなー。。。

白黒ページの連載「ワンゲル部」は、相変わらずな感じでした。



2011年9月9日金曜日

深田久弥 『日本百名山』

日本百名山とは、登山をしているとどうしても目に入るキーワードである。
これは深田久弥氏が選定した、日本の名山百選のことである。
その百選を著した作品がまさに『日本百名山』。

その後、あまりにこの「百名山」というくくりが定番化し、この百名山を全山制覇することに情熱を燃やす素人中高年が山で問題を引き起こすことが多くなり、深田氏の功罪としてよく引き合いに出されることがある。

そんな本書であるが、正直なところ僕は全く興味が無かった。
そもそも僕はピークハントに興味がない、ただの稜線フェチである。稜線上に頂上があるから、やむを得ず頂上を通るだけである。
ましてや、誰だか知らない昔の人が個人的に決めた百選などに縛られるような登山はナンセンスだと思っている。もちろん今でも。

ただ、だからといって名著を食わず嫌いするのもいかがなものかと、考えを改める機会が生じた。
それは、先に当ブログで紹介した不破哲三氏『私の南アルプス』の作品中に引用された本書の文章を読んでである。
それは北岳を詠んだ和歌を紹介した一説であったが、なんとも含蓄深く、いい文章だなぁと思わせるものだった。

実際手に取ってみると、これまでに自分が登った山も数多く取り上げられている。
それらの山々について書かれた項目を読むにつけ、その山の光景がまぶたの裏に蘇ってくるようで、なんとも幸せな気分になる。
やはり、良い文章には良い功徳があるものである。


というわけで、脳内登山を楽しむツールとして有効活用していきたい。


2011年9月7日水曜日

不破哲三 『私の南アルプス』

日本共産党の前中央委員会議長、論客で知られた不破哲三氏は、実は知る人ぞ知る登山好きだ。
その不破氏が自身の南アルプスの山行を著した原稿を編んだのが本書『私の南アルプス』である。

不破氏というと、僕などはコワモテのイメージがあるのだが、本書での語り口は非常に柔和だ。
しかも、さすが論客だけあって、文章の運びも素晴らしい。
山行記は文章の素人が書く場合が多いので読みづらいことも多いのだが、本書はぐいぐい読める。

もともと甲斐駒ケ岳に行きたくて仕方がなかったのだが、本書を読んでその思いを強くした。

やはり北アルプスはツーリスティックで、南アルプスは野趣満点なんだなーと。
僕も山で不破氏に会ってみたいものだ。


2011年9月6日火曜日

2011年9月4日 伊豆ヶ岳トレイルランニング


9月3日、4日で行くはずだった穂高登山が台風12号の影響で中止となり、家でおとなしく過ごすはずだった日曜日。
何故か午前3時前に起き出して、5時ちょうどの池袋発の西武池袋線に乗って奥武蔵へと出かけた。
よく山に一緒に行く仲間に誘われて、伊豆ヶ岳にトレランをしに行くのだ。

台風の影響で山に行くのを中止したのに、低山とはいえ何故山に行くのか。
何かがおかしいような気もしたが、まぁいいや。

午前6時半、西武線正丸駅に到着。
その時点では、天気は小雨。
駅員と我々一行以外に人影はない。























雲の様子はどう見てもヤバそう。
ホントに行っちゃうんだろうか。。。

などという逡巡は他のメンバーには無いようで、さっそく出発。
トレイルに入る前の舗装路のわきにある小川は、普段は穏やかなせせらぎだろうに、今日ばかりは濁流である。























第一の分岐は小高山に直登する道ではなく、正丸峠方面に向かう。
直登するルートは「山と高原地図」に書いてあるとおり、この天気では滑りやすに違いないので、より足元の確かな道を選んだわけである。

それでも、トレイルは川になっていた。























これ、沢じゃなくて、トレイルですよ。
こんなんじゃマトモに走れない。。。

再び舗装路に出て、そこから正丸峠を目指す。
舗装路の上にも、台風の風雨の跡が。























枝や葉っぱだけでなく、雨が路面を伝って小川のようになってるし。
舗装道路でこれじゃ、この先が思いやられるなぁ。。。


その後、正丸峠から再びトレイルに入る。

小高山を経て伊豆ヶ岳へ。
道は雨で表土が流されて岩が露出していたり、大きな枝や葉っぱが積もっていたりして、まともの走れる場所は非常に限られていた。

この道の感じ、どこかで経験したことがあるぞ・・・。
そうだ、去年の10月末に、ハセツネ30Kのコースを試走したときだ。
あのときは3日続いた土砂降りの次の日で足場が悪く、周りは杉ばかりでロクに展望もなく、妙にアップダウンばかりある寂しいトレイルだった。
どうもそれを思い出すような今回の道の様子・・・。


伊豆ヶ岳の直下の急登は、男坂と女坂があるが、男坂はしばらく前から通行止のようだ。























男坂の入口には、落石事故が発生するおそれがあるため女坂を通るようにという看板の奥に、「事故が発生したら自己責任」という看板が立っていた。
どんな自己責任をとればいいのだろう? 土に還れということか。それとも、落ちてきた石を元の場所に戻しておけということか。それとも、遭難保険の対象外になるということだろうか。

なんにしても、無駄なリスクテイクをするほど我々は若くないので、迷うことなく女坂に向かう。

そしたら、女坂は女坂で崩落していて通行止。
迂回路へ行けとのこと。


















なんとなく、「右を見ろ → 上を見ろ → ざまー見ろ」の流れを思い出した。

そんなこんなで伊豆ヶ岳山頂に到着。























今回の行程での最高到達点。
もちろん、雨と強風の中、展望なんてこれっぽっちも無い。

伊豆ヶ岳の山頂には、おばあちゃんのレリーフがある。

















このレリーフは、その昔ここにあった伊豆ヶ岳山荘の小屋番のおばあちゃんを偲んでのレリーフのようだ。
近くにはこのレリーフに関する説明も何も無いため、かなり唐突で驚く。


その後、古御山(830m)、高畑山(695m)を経て子ノ権現(「ねのごんげん」と読む)に至る。
強い雨が断続的に降る中、けっこうしつこくアップダウンが繰り返され、足場が悪いために体力よりも神経を使う行程である。

子ノ権現は、立派な構えの建物だった。























我々は子ノ権現の裏手から下ってきて入口側に抜ける形で通過した。
鳥居脇のご神木(?)は巨大で頼もしい限りだが、ここにきて今日一番の本降りとなり、それどころではなかった。






















なお、入口手前の売店には自販機があり、駅を出発してすぐのところにある自販機以来の給水ポイントだ。
ただ、ペットボトル飲料のバリエーションは貧弱で、コーラは売ってなかった。
僕はCCレモンをありがたく購入。200円也。

この付近は、晴れていれば眺望の良いところのようで東京方面を見渡せるそうだが、当然この日は眺望無し。


















その後、破線ルートをたどって秩父御岳神社へ下りた。

この秩父御岳神社の境内を通り抜けて、温泉施設である「あじさい館」にたどり着いたら本日のゴールなのだが、この神社、すさまじい石段の数である。
数えながら登ったところ、約660段。

下の写真は、約500段ぐらいのところから見上げた残りの石段。
悪天候の中を十数kmの山道を走ってきた我々にとっては、まさに地獄絵図である。























石段を登りきると登場する社。

















もったいぶり過ぎだろ!


このあと、神社の裏山の通ってあじさい館に到着。午前11時。

全行程は約16km。
かなりののんびりペースだったが、トレイルのコンディションを考えればこんなもんでヨシとすべきだろう。