このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2013年8月7日水曜日

山行記 : 2013年8月4日 谷川岳 西黒尾根~天神尾根

9月に同僚たちと剱岳に行く。

登山経験はいくばくか有る同僚たちではあるが、その実力で剱岳を登るのはちょっと危険だ。
本来ならば、ボルダリングなどの練習をしたり、難易度の低い岩場のルートなどを経験してから剱岳に挑むべきなのだろうけれど、本人たちの希望を容れて行くことにしたからには、スパルタ式の教育をしてでも何でもして実力を着けさせなければならない。

ということで、トレーニングの場に選んだのは谷川岳の西黒尾根。
日本三大急登の1つであり、かつ、ルートの半分は鎖場を含む岩場というルート。体力的にも技術的にも剱岳へのステップアップとしては理想的だ。
おそらく、天気が良ければ同僚たちでも何とかなるだろう。が、もし雨が降ったりしたら、かなり厳しい戦いになることが予想される。

幸い、北陸地方も2日前に梅雨明けが宣言された。
ピンポイント天気予報を見ても、一瞬雨が降るかもしれないが、それほどひどいことにはならなそうだ。
とはいえ、天気の安定しないことで有名な谷川岳。油断ならない。


8:13、電車は定刻通りに水上駅に到着する。
そこから関越バスに乗り継ぎ、谷川岳ロープウェイまで移動する。

途中、土合駅前を通過する。
これがあの有名な土合駅かぁと感慨にふけるものの、使ってみたいとは思わない。

谷川岳ロープウェイに到着し、トイレを済ませ、また、登山道の状況などを告知する貼り紙などをチェックし、いよいよ西黒尾根へ出発する。

西黒尾根の登山道入口はロープウェイよりも少し上まで舗装路を10分程度あるくのだが、連れの同僚たちは僕がロープウェイに背を向けて歩きだそうとするのに驚いていた。
どうやら、事前に僕が配布した、懇切丁寧な登山計画書をちゃんと読んでいなかった模様だ。
そんなことで剱岳に登れると思っているのかと、軽く説教をかます。

9:10、西黒尾根の登山口に到着。

日本三大急登とは聞いていたが、登山口からいきなりの急登で、開いた口が塞がらない。
日本三大急登の1つに数えられる甲斐駒ケ岳の黒戸尾根や、北アルプス三大急登の1つである燕岳の合戦尾根は経験があったが、初手からこんなにキツい勾配なのは初めてだ。
同僚たちも、早くもこの場に来たことに対する後悔の念を口にし始めた。

そんな同僚たちのケツを叩きながら、この急勾配に取り付く。
すぐに異常なまでの汗が吹き出す。
暑い。。。

汗をポタポタ垂らしながら、顔の前に迫るかのような土の急斜面を15分ほど登ると、急に視界が開けた。
鉄塔だった。

せっかく開けた場所なので、早くも一休みする。
我々一行の周りを、大きめのハチがブンブン飛び回る。
サイズ的にはキイロスズメバチだが、イマイチ見極めができない。

3分ほど休憩して再び歩き出す。
すでに連れはゲンナリ顔だ。

相変わらずの急斜面を汗ダクになりながら歩いていると、9:37、ぶっとい倒木が登山道を塞いでいた。
よく見るとロープがかかっている。
跨げる太さではなく、そのロープを頼りに倒木を乗り越えた。

この先、少し斜面が緩やかになる。

10:00、少し開けた場所に出る。
ここには、残り時間の小さな道標が立てられていた。
この道標では、土合から山頂まで4時間ということになっているが、「山と高原地図」では4時間半となっている。

この先で、再び急登が現れる。
「見上げんばかり」という表現があるが、まさしくこの道は、行く先を確認するには大きく見上げなければならない。
このルートの樹林帯は、まさにこんな斜面ばかり。さすがは三大急登だ。

まだ歩き始めて1時間ちょっとなのに、すでに連れの表情からは笑顔が消えていたので、休み休み歩く。

10:42、急に視界が開ける。
岩の露出した場所で、樹木が生えていない一角だった。

東側は赤沢山方面の展望。

南には天神平のロープウェイ駅。

ロープウェイ駅を見て、連れの誰もが「あっちが良かった」と言い出す始末。
そんなんで剱岳に登れると思っておるのか。

ここから、いよいよ樹木の背丈も低くなり、岩場の連続が始まる。

10:55、最初の鎖場。
斜度は60~70度といったところか。
ホールドもしっかりしていて、楽しいアスレチックだ。
が、連れはすでに顔面蒼白。
おい、剱岳に行くんじゃなかったのかよ!

この鎖場を登ると、非常に展望が開けている。

朝日岳方面。

谷川岳山頂とマチガ沢の雪渓。

曇天模様とはいえ、この時点ではまだ充分な眺望があった。
が、このあとすぐに雨粒がポツポツと落ちてくるようになる。
ここからが岩場の核心部だというときに、よりによって雨か・・・。
こうなったら、できる限り急がねばなるまい。

次々に鎖場は現れる。

岩場を乗り越えて高度を稼ぐたびに、どんどん天神平が低くなっていく。

雨粒は、いったんおさまったものの、どんどん雲が発達し、すでにすっかり山頂を覆い隠してしまった。

11:21、「ラクダの背」という道標に行き当たる。
向かう先はすっかりガスの中。

ここから来し方を見ると、まだまだ眺望は有った。

さて、この「ラクダの背」だが、「山と高原地図」ではそんな表記は無く、「ラクダのコブ」と「ラクダのコル」という表記がある。
地形的にこの場所は「ラクダのコブ」のようだ。

ということは、この小ピークから先の少し下がった場所(下の写真で、人がたくさんいるあたり)が「ラクダのコル」だな。

その「ラクダのコル」では、ご年配の団体さんが停滞していた。
おそらくは巌剛新道から来たのだろう。
これは完全に渋滞だなぁと思いながら、ヤセ尾根で花の写真などを撮る。

すると、団体さんの最後尾の男性が、
「どんどん先に行って」
と声をかけてくれた。

実はこの時、すでに雨が降り始めていて、岩場の経験がほとんどない連れ3人のことを考えると、そうそう気軽にペースを上げられるものでもなかった。
濡れた岩はよく滑るので、慣れていない3人には危険を伴うものであるからだ。
が、そうは言っても、このまま後ろをついて行くわけにもいくまい。
連れには、改めて気を付けるように促し、一気に団体を抜きにかかる。

このピークを越えると、ザンゲ岩へと続くヤセ尾根が現れる。
その景色を見て、連れは一様に
「まだこんなに続くのか・・・」
と溜息をついた。
この頃には、雨はすっかり本降りになっており、岩が非常によく滑る状態となっていた。
そりゃ心が折れるのも無理も無かろう。
とはいえ、この程度で音を上げていては、剱岳などとても登れるものではない。

ちなみに、上の画像で、稜線上にゴミのように白っぽく点々が見えると思う(拡大すると分かる)が、これは先行する登山者の姿だ。
このヤセ尾根の規模感が計れるだろう。

このヤセ尾根の向こうの雲の中に、ザンゲ岩がある。
そこにたどり着くにも、いくつもの岩場を超えていかなければならない。

その岩場の鎖場のたびに、我々の目の前にいた年配の2人パーティ(男性1、女性1)の女性のほうが、
「滑る!滑るー!」
と言って停滞するので、見事なまでの渋滞が発生していた。
でも、道を譲ってくれない・・・。
雨の中で立ち止まっているのは、雨具を着ているとはいえ、さすがに体が冷えてキツイ。
路傍の草花もすっかりズブ濡れだ。

結局、岩場では常に目の前にその2人パーティがいて、十分に資料写真を撮れず。。。

12:51、ザンゲ岩に到着。予定よりも30分程度遅れている。
厳つい名前のわりに、ガスのヴェールをまとい、周囲をキレイな花に彩られて、なかなか幻想的な姿だ。


ザンゲ岩という名前とこの形状から考えると、おそらく、修験道の修行に使ったのだろう。
熊野の大峰奥駈道での修行では、崖からロープで吊るされて己と向き合うという修行があるそうなので、まさにそういう使われ方をしていたのではないかと、大した根拠も無く確信した。

ザンゲ岩を過ぎると、あとはなだらかな斜面を登るだけだ。

13:04、ガスの中から、道標らしき構造物が浮かび上がった。

見ると、「四ノ沢の頭」というところらしい。
「山と高原地図」には「四ノ沢の頭」という地名は無いが、別途持参したマチガ沢の概念図によると、肩の小屋の直下からマチガ沢へと続く沢が「四ノ沢」というようなので、肩の小屋ももうすぐなのだろう。

だが、この道標のすぐ先で、登山道が二手に分かれているように見えた。
一方はトラバース気味に西へ、もう一方は山頂方面に向うように北西へ。
腹が減っていて、屋根のあるところで早く昼飯を食べたかったので、まずは肩の小屋を目指したかった。
が、西に向かうとそのまま天神尾根方面に抜けてしまいそうで嫌だったので、北西に進路を取る。

すると、またすぐに道標が現れる。

この場所から北側を見ると、ガスの向こうにトマの耳らしき頂が見える。
本降りの雨の向こう側は、やはりよく見通せない。

道標によると、来た道をやや折り返すように南に向かうと肩の小屋があるらしい。
道標に従って、ゆるやかな斜面を下る。

13:10、濃いガスの向こうに、薄ぼんやりと小屋らしき姿が見えてきた。

小屋の手前には大きなケルンと小さな祠。

そして、13:11、ついに待ちに待った肩の小屋に到着。

ここで食堂にあがりこみ、ホットコーヒーを注文しつつ、持参した昼飯を喰らう。
連れの一人は、何故か駅弁とコンビニのサラダを持参していた。違和感がありすぎて何も言えない。

食事をし終わったタイミングで、このあとの行程を再確認する。

もともとの予定では、ここからトマの耳、オキの耳まで行って折り返し、天神尾根を下って天神平からロープウェイで下山というコースだった。
だが、ロープウェイの終了時刻である17時までに、このコースで果たしてたどり着けるのだろうか。
無論、天気が良ければ問題ないと考えていたが、天気が悪いと下りの恐怖感が著しく増す。そんな中で果たしてコースタイム程度の時間でこのメンバーが歩ききれるものだろうか。

そんな疑義を提示したが、メンバーからは、一も二もなく山頂に向かうという意向が示された。
まー、ロープウェイに間に合わなかったら、歩いて下山すれば良いだけなので、僕としては別に構わない。
というわけで、山頂を目指すことにした。
時刻は13:50。

小屋の外に出てみると、雨は止んでいた。
良く解釈すれば、まさに天佑。
悪く解釈すれば、よりによって岩場区間だけ雨だった、ということだ。

13:58、トマの耳に到着。

ここでなんと、西側のガスが少しずつ薄らぎ始めた。
わずかに姿を現した、万太郎山への稜線。

オキの耳との鞍部に差し掛かった頃には、うっすらと万太郎山が姿を見せてくれた。
なんてステキな稜線なのだろうか。
いつかこの稜線を縦走したいものだ。

そして、万太郎山の麓に切り込んだ万太郎谷。

急に眼前に広がった絶景に、連れの3人も口々の感動の思いを吐露する。
そうなんだよ、これだから山は止められないんだよ。

オキの耳も、西側のガスが晴れる。

14:16、オキの耳に到着。

トマの耳とオキの耳の間の所要時間は、「山と高原地図」では10分とされているが、20分近くかかってしまった。景色に心奪われたとはいえ、ちょっと時間をかけすぎてしまった。

ちなみに、オキの耳から一ノ倉沢側を見ても、全くの乳白色。

このオキの耳から一ノ倉沢を見下ろして概念図と照らし合わせ、どこがどこルートなのかの照合をするのを非常に楽しみにしていたのだが、見果てぬ夢と終わってしまった。
無念である。

ところで、この時期の谷川岳は、この山頂付近も含め、非常に花が豊かな場所だった。
トマの耳とオキの耳のあいだにも、たくさんの花が咲き誇り、ちょっとした別天地の観があった。

ニッコウキスゲ。

クルマユリ。

8月に入ってしまったので、あまり花は楽しめないかなぁと半ば諦めていたのだが、谷川岳はきれいな花をたくさん見ることができて、望外の喜びであった。

さて、今度はオキの耳から天神尾根を下ってロープウェイに17時までに着かなければならない。
さらには、ロープウェイで下った後にバスに乗るわけだが、その終バスの時刻も17:00なので、できればロープウェイには16:30には到着していたい。

そう考えると、2時間でロープウェイまでたどり着かなければならない。
コースタイム的には2時間弱。
地面が濡れているためスピードを出せないということを考え合わせると、2時間以内で到着するのはかなり厳しいのではなかろうか。
そう思うと、非常に気持ちが急く。

連れの3人にハッパをかけながら、下山を開始。

肩の小屋を通過し、天神尾根に入る。
しばらく木の階段が続くが、滑って怖い。といっても、スピードを緩めるわけにいかないので、慎重かつ大胆に歩く。

連れは、早くも足が痛いと言い出す。
水分補給休憩を、その都度一瞬だけ取る。

15:03、天狗の留まり場に到着。
上に立ったらさぞかし気持ちが良いんだろうな、とは思ったものの、時間がないのでスルーする。
無念だ。

標高を下げるごとに、ガスは晴れていく。というよりも、ガスの下に出た、というのが正しい表現であろう。

実は、計画段階で、この天神尾根についてはロクに調べていなかった。
ロープウェイから山頂にアプローチするルートであるため、どうせ散歩道みたいなもんだろうとタカをくくっていたのである。
実際、西黒尾根を歩ける実力があれば、天神尾根など問題にはならないハズである。

が、実際に歩いてみると、なかなか険しい部分も随所にあった。
こんな鎖場も2、3箇所存在したし、その他にもロープが備えられている箇所が2、3箇所あった。
いずれも、濡れていなければそれほど問題になるような場所ではないのだが、泥と雨で滑りやすくなった状態では全く油断を許さない状態である。
連れは全員疲労困憊し、口数もすっかり少なくなっていた。

15:32、熊沢穴避難小屋に到着。

分岐でもあるため、デカデカとロープウェイへの道が示してあった。
もちろん、内部を確認する余裕は無し。

15:52、天神峠との分岐に到着。
「天神平 0.6km」の表示に、一同嬉し涙が込み上げる。
時間の余裕があれば天神峠にも行ってみたかったのだが、次回以降に持ち越しだ。

16:01、ついに天神平のロープウェイの駅が見えた。
一同に安堵感が広がるが、まだまだ足元は滑りやすく、油断しないように連れの3人に注意を促す。
こういうときに事故は起きやすいのだ。

ロープウェイの駅の手前からは、さっき登った西黒尾根が見えた。
随分長い尾根に見えるが、実際は4kmぐらいしかないのだ。

16:08、ロープウェイの駅に到着。

連れはみんな泥だらけで、ちょっとした遭難者の風体になっていたので、ここの水道で軽く泥を落とす。

その後、自販機でコーラを買って飲み干す。まさに文明の味。
今日がんばって歩いた分の消費カロリーは、この1杯で全部チャラ。そりゃ痩せられないわけだ。

人心地ついたところで、12人乗りロープウェイに乗って下山。

ロープウェイからは、西黒尾根の見通しが良い。
あんなに苦労して登ったのに、ロープウェイだと一瞬なんだなーと感慨に耽る間もなく到着。
誰も怪我無く、無事に下山を果たした。

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この山行では、悪条件にもかかわらず難なく岩場を通過できたことで、かなり自信がついた。
下手なりにボルダリングを5年間続けてきた甲斐があった。(練習の頻度は多くないが。。。)

というわけで、近日中に大キレットに挑戦しようという意思を固めた。
飛騨泣きの写真を見ただけで泣きそうになるが、今の自分なら行けるはずだ。
本厄の年に、よりによって何をやろうとしているのかと我ながら呆れるところではあるが、もう決めた。行く。

乞う、ご期待。








2013年8月3日土曜日

山行記 : 2013年7月28日 富士山 登山未経験者をつれて

僕は、富士山に登ったことが無かった。
「富士山に登らないバカ、二度登るバカ」とよく言うが、僕は登らないバカだったわけだ。

正直、登山の対象としての夏の富士山には何の魅力も感じることなく、もし自分が富士山の山頂に立つことがあれば、それは冬富士か富士登山競走だけだろうと思っていた。
それまでは、バカ呼ばわりされても富士山に登る気は無かったのだが、勤務先の同僚に連れて行ってくれと頼まれてアテンドすることになった。
いや、僕も行ったことないんだけど。。。

計画自体は富士山が世界遺産の予備審査に通る前、去年の段階からしていたものなので、世界遺産登録については正直関心が無かった。
むしろ、世界遺産に認定されてしまったことで、去年にも増して混んでしまうだろうことに、ただただ憂鬱な気持ちしか湧いてこなかった。
地元の皆様には申し訳ないところではあるけれども。


メンバーは僕の他に3名(男1、女2)。すべて勤務先の同僚だ。
メンバーたちは登山経験が皆無か、それに近い状態。特にそのうちの1人(女性)は、あまり運動経験も無く、体力に自信があるようでもないので、非常に不安を感じての出発となった。

ルートの選定においては、吉田口と富士宮口の2択で迷ったが、全くの初心者を引率するということを考え、山小屋の多い吉田口を選んだ。イザという時に逃げ込める場所があるというのは、大変に心強いものだ。(自分ひとりだったら、こんなことは考えないのだけれども・・・。)

ただし、吉田口といえば、他の登山道と比べてケタ違いに登山客の多いルート。
実際に、去年の統計では、他の登山道の登山客が数万人に留まる中、吉田口だけ20万人を超えているようで、文字通りケタが1つ上だ。

そんな激混みルートの、激混みの山小屋に泊まるのだけは絶対に避けたく、他のメンバーも山頂でご来光を見たいわけではないようなので、朝5時に五合目でご来光を見てから登り出すというスケジュールで行程を設計した。


前日 : 17時頃、富士山駅到着。富士山駅近くのホテルに投宿。
当日 : ホテルを4時に出発。タクシーでスバルライン五合目へ。そのまま山頂までピストン。帰宅。


行動時間は、大きく余裕をみて、最大14時間と考えた。が、そもそも14時間かかっても下山できない状態というのは、もはや完全に遭難状態と言えるだろう。
とはいえ、なにしろ登山未経験者を引き連れての山行であるし、僕自身、標高差1,400mを1日で上って下るというのは経験が無いので、時間が読めない。はたしてコースタイムからどれぐらいオーバーするものなのか、全く分からない。

そんな不安を胸に、前日の夜は21時に消灯。
が、例によって全く寝付けないままに日付が変わる。

3:00、起床。
全く寝た気がしない。

シャワーを浴び、朝ごはん用に買っておいたコンビニのおにぎりを口にするも、全く胃が受け付けない。
これは先が思いやられる・・・。

荷物をまとめ、メンバーのうち2名にテーピングを施す。

4:00、迎えに来たタクシーに乗り込む。
まだ空は暗い。

自動車の往来は非常に少なく、スバルラインに入った後は更にそれが少なくなった。

どんどん数字が大きくなっていく料金メーターを見ながらハラハラしている僕をよそに、タクシーは軽快にスバルラインを進む。

途中からタクシーが何故かセンターラインを跨いで走るようになった。
シカなどが道路に飛び出してきた時に避けやすいようにしているのだろうか?などと推測をしていたら、真っ直ぐな道で運転手が急に右にハンドルを切り、道路脇の岩壁に激突しそうになった。
運転手が慌ててハンドルを元に戻し事なきを得たが、センターライン上を走ったりしていたのも含め、居眠り運転が原因だったのだ。
まさかタクシーが居眠り運転をするとは。。。そのリスクまでは想定していなかった。不覚である。

そんな九死に一生を得つつ、4:45、スバルライン五合目に到着。

まだギリギリ日の出前だった。
気温は手元の温度計で13℃ぐらい。
山頂には、ちょっと嫌な雲がかかっている。
そんなに荒れないとは思うが、あまり遅い時間になると夕立が来そうな気もする。
早く下山できるに越したことはない。

4:55、ご来光。

山頂にかかった雲も、ちょっとだけ赤くなる。

ひとしきりご来光を堪能したら、準備運動をおこなう。
登山前の準備運動は常に重要なのだが、特に富士山を五合目から登る場合には非常に重要である。
というのも、たかだか1時間程度で、標高700m程度の下界から、標高2,305mのスバルライン五合目まで来てしまうのだから、標高に体が慣れていない。本来ならばこの標高差に体が慣れるまで1時間以上五合目に滞在したほうが良いのだが、今回のスケジュールではそこまでの時間的余裕もないので、準備運動を入念におこなうことで少しでも早く体を標高に慣らすようにするのだ。

5:11、スバルライン五合目を出発。

泉ヶ滝までは概ね平坦な道が続き、北東方面の眺望が良い。
雲海が低く連なり、夏の早朝を感じさせてくれる。

雨が降ったらとても滑りそうな石畳を抜け、
5:24、泉ヶ滝を通過。
この分岐を右に向い、六合目を目指す。
ちなみに、左に行くと、佐藤小屋のある吉田口五合目に至る。

5:42、安全指導センター(六合目)に到着。
ここで登山者に対してルート詳細を掲載したチラシを配布していたのだが、これが非常に分かりやすい図解で、初心者にも安心な内容だった。安全登山のための努力に頭が下がる。

この六合目の分岐は、下山時にうっかり吉田口五合目に向かってしまいそうになるポイントだ。(と、近くにいた団体に、ガイドさんが説明していた。)
注意すべきポイントとして記憶に刻む。

山頂方面を見ると、やはり雲はかかったまま。
あの雲、なんとかならんかなぁと祈る。

六合目を過ぎてすぐ、メンバーの1人が体調不良を訴え始めた。
思ったよりも早いタイミングでの不調に、早々に下山しての富士急ハイランド行きというプランBが脳裏をかすめた。

が、いったん休憩を取り、大きく深呼吸を繰り返してもらいつつ、酸素缶の酸素を吸い尽くすつもりで吸い込んでもらうと、幸いにも持ち直した。
また、念のため、イブプロフェン系の頭痛薬も飲んでもらった。『ハイキング・ハンドブック』に、高山病にはイブプロフェンが一定の効果をもたらすと書いてあったので、人数分持参しておいたのだ。

ここでメンバーに対して、改めて以下の点を周知した。
  • ゆっくり歩くこと。
  • 歩きながら深く呼吸をすること。気を付けないと呼吸が浅くなって、酸素不足になりやすいので注意すること。
  • 酸素缶は大量にあるので、休憩の度に遠慮なく吸うこと。

酸素は大量に持参し、無駄にたくさん吸ってもらえる状態にしたのが奏功した。
これ以後、僕は5分に一回、メンバーに対して
「ゆっくり歩いて! 深呼吸!」
という呼びかけを繰り返すことになる。

再び歩き出した我々の向かう先には、七合目の山小屋が次第に迫ってくる。
七合目のには7軒の山小屋が、登山道に沿って縦に並んで建っているのだが、近付くにつれてその姿は、まるで山腹に築かれた砦のように見えてきた。

その砦、もとい、山小屋を目の前にして、岩場が現れた。

吉田ルートは林道みたいな道を延々と歩くものだと思っていた僕には、この岩場がちょっと意外に感じたのだが、このあとむしろ、岩場歩きの方が多くなってくる。

6:57、七合目最初の山小屋である花小屋に到着。
ここでトイレ休憩。
トイレ使用料は200円也。

富士登山といえば金剛杖だが、富士山の山小屋ではその金剛杖に小屋ごとのオリジナルの焼印を入れてもらえる。
僕も調子に乗って富士山駅で購入した金剛杖を持ってきていたのだが、この花小屋で最初の焼印を入れてもらった。200円也。

ここからの眺めは、やはり眼下に雲の絨毯。
下界はちょっと雲が多めの模様。
雲の向こうに、おそらく奥秩父の山々だろうと思われる影がうっすらと見えた。

花小屋を後にし、日の出館、七合目トモエ館を通過して、7:23、鎌岩館に到着。

花小屋から90mほど標高を上げた。いったん立ち止まり、メンバーに酸素を吸ってもらう。

7:29、富士一館に到着。
いったん立ち止まるも、すぐにまた歩き出す。

ゴリゴリっとした岩場を登り、次の山小屋である鳥居荘が近付いてくる。

ところで、この写真を見ても分かるとおり、僕らのすぐ前を大量の登山者が歩いている。
これは、ほとんどがツアー登山の団体さんで、僕らの前後にはそれぐらいの規模のツアー客が4団体ぐらいいた。
これらの団体は微妙にペースが遅く、最後尾に追いつくと必ず、引率しているガイドが
「お先にどうぞ」
と言ってくれる。
が、団体は足を止めるどころかペースも落とさない。
その横をなんとか短時間に追い抜かなければならないこちらとしては、正直キツイ。
ガイドにしてみれば後ろに付かれるのはイヤなのかもしれないが、4団体が連なっているところを追い越す身にもなって欲しいのである。

後で聞いたら、僕の連れ達は、ガイドに「お先にどうぞ」と言われて団体を追い越す僕の後ろ姿に
「おい!!」
とツッコミを入れたくて仕方がなかったそうだ。大変申し訳ないことをした。

閑話休題。

7:46、七合目最後の山小屋である東洋館に到着。
ちょっと休憩したかったのだが、布団が干してあって座れない。
それでも、なんとか場所を見つけて連れを休ませる。
北西方向には、富士山の稜線ギリギリのところに、南アルプスの端っこを見ることができた。

八ヶ岳も、雲の上に小島のように浮かんでいた。

この場所の標高は2,910m。
あれに見える八ヶ岳の最高峰(赤岳:2,899m)よりも高い場所なのだ。

ひとしきり休憩し、酸素缶で体に酸素を行き渡らせたら再び登り始める。

ここから先は、より険しい岩場になる。

こういう風景を見ると、やはり富士山は火山なのだなぁと再認識する。
北アルプスや奥多摩の岩場とはまるで様子が異なっている。

しばらく歩き、8:22、八合目最初の山小屋である太子館に到着。
標高は3,100m。
僕にとっては人生初の3,000m越えである。

ところで、上の写真でも分かるとおり、富士山の山小屋は、小屋の中での休憩をさせてくれない。(宿泊客はチェックアウト後も、その小屋に限り休憩をすることはできるようだが。)
実は七合目の花小屋で焼印を押してもらう際も、中に入って小屋番さんに声をかけたら、即座に
「外でお願いします」
と、追い出されてしまった。
その時は小屋番さんがゴハンを食べているところだったので、それで外に促されたのかと思ったが、この頃になると、小屋の中に入れるのは小屋に泊まった人だけなのだということを次第に理解し始めた。
こうなると、雨の日などは休憩を取るのも地獄だろうなぁと想像する。

次の山小屋である蓬莱館への道も、見事に岩場。
そして渋滞。
ここは道が狭いので、追い抜くこともできない。

8:44、蓬莱館に到着。

ここで休憩を取りたかったが、団体に先んじたいばかりにノンストップで進む。

次の山小屋である白雲荘には、9:07に到着した。
白雲荘の標高は3,200m。
日本で2番目の標高の南アルプス・北岳(3,193m)を越えた。
ここから先は、日本では唯一富士山でしか体験できない標高となるわけだ。

9:24、八合目最後の山小屋である元祖室に到着。

ベンチに据え付けられた看板には「海抜 3,250m」の文字が。

ベンチからの眺めは、モコモコの雲海。
ピーカンとはいかないものの、青空の見える天気の下で登山ができるのは、大変ありがたい。

ここで、メンバーと皆で記念撮影をしたのだが、そのシャッターを押してくれた男性は、連れがなかなか上がってこないと言って心配顔だった。まさに、それぞれの富士登山。

ひとしきり休憩をして、いよいよ本八合目に向かう。
登山道からも、僅かながら残雪が見えた。

9:51、本八合目トモエ館に到着。

このあたりで、いよいよ僕も、酸欠になり始めた。
頭痛も吐き気も無いのだが、クラクラし始めたのだ。
ちょうど、やたらと人口密度の高い部屋に入れられた時に酸欠で気が遠くなるような、そんな感覚だ。
とはいえ、筋力的にも体力的にも問題ないので、酸素を吸うことで容易に復活した。

その一方で、六合目で体調不良を訴えたメンバーは、イブプロフェンの効果なのか、やたらテンションが高くてニコニコだった。
イブプロフェンって、そういう効果もあるんだっけ???

本八合目を出ると、いよいよ岩場がきつくなる。
すぐ上には御来光館も見える。
まさにこのあたりが胸突き八丁。メンバーに声をかけ、慎重に足場を選ぶように注意を促す。

10:18、八合五勺の御来光館に到着。

この山小屋を過ぎると、あとは山頂まで山小屋もトイレも無い。
メンバーに水の残量とトイレを確認して、再び歩き出す。

この頃から、ガスが上昇気流に乗って斜面をどんどん上がっていくようになった。
ちょっと前に一瞬だけ山頂の雲が晴れたのだが、もはや再び山頂はガスの中。眺望は期待できそうに無い。無念だ。

八合五勺を出発すると、すぐに九合目が見える。

九合目の鳥居は木製で、そのひび割れに無理やり小銭が突っ込まれていた。
なんの願掛けをしているのか知らないが、ビジュアル的にはちょっとキツイ。

この頃には、ガスで遠景は一切見えなかったが、周囲を見渡すのには不都合が無い程度。
安全登山には全く問題のないコンディションだった。

黙々と岩場を歩き、最後の階段を一気に登る。

山頂直下には、33回登頂した人が奉納した碑が建てられていた。
「2度登るバカ」どころではない。アッパレだ。

11:19、吉田ルートの頂上である久須志神社に到着。
所要時間6時間ちょっと。ほぼコースタイムどおり。
思ったより全然早い到着だった。

感極まるメンバーたち。
もちろんここでも記念撮影だ。
一方僕は、みんなを無事に下山させることで頭がいっぱいだった。

とりあえず、神社にお参りをして、お守りを購入。
売り子さんに
「山で遭難しないお守りはありますか」
と聞いてみたのだが、そんなピンポイントなお守りは無いとのこと。なので、厄除けのお守りを購入した。

神社のすぐ横には、富士山頂のお鉢めぐりの案内板が。
非常に分かりやすい案内板で嬉しい。

神社の先には売店が立ち並んでいる。
もちろん、山頂全体がガスの中。

適当にベンチに座って、持参したランチを食べる。
4人が普通に座れるぐらいには、ベンチは空いていた。
それもこれも、団体を追い越して山頂にたどり着いたからだろう。

ここで、テルモスに入れて下界から担いできたホットコーヒーをみんなで飲む。
やはり山でのコーヒーはことのほか美味い。

ごはんを食べて人心地ついたところで、火口を見に行く。が、
なーんも見えん。

しかも、火口から上がってくる空気が異常に冷たい。
ランチをとったベンチのあたりは手元の温度計で10℃をちょっと下回る程度だったが、ここはそれより3~4℃は確実に低い。

それでも、ガスが貼れるのを待っていたら、一瞬だけ晴れる瞬間があった。
その際に撮った剣ヶ峰方面。
同じく、白山岳方面。

よく見ると火口にはまだ雪が少し残っていた。そりゃ、空気も冷たいわけだ。

ここで、お鉢めぐりをするかどうか、メンバーと相談。
誰ひとりとして剣ヶ峰に執着する者がおらず、すでに満足した様子だったので、お鉢めぐりは蛇足であると判断し、このまま下山することにした。

下山ルートは途中まで須走ルートと共有。
途中、七合目にトイレはあるものの、売店や山小屋は一切無い。
このため、山頂で水を一本買い足した。

12:10、下山開始。

下山ルートは、歩き始めると早々にザレた広い道が延々と続き、踏ん張りがきかない。
これが有名な砂走りか?と思いながら、重力に身を任せて下る。

砂煙がひどいので、タオルで口と鼻を覆うものの、そうするとメガネが曇って歩きづらい。
タオルを着けたり外したりしていたら、だんだん喉がいがらっぽくなってきて、鼻水も止まらなくなってきた。
恐るべし、砂煙。

また、変化の少ないザレた道をただただ下るだけなので、すさまじく飽きる。
苦痛なので、うっかり自分のペースで飛ばしてしまい、気付くと連れがはるか後ろにいたりする。
これを繰り返し、ただただ黙々と下山する。
心の底から嫌気のさす作業だ。
もういいかげん八合目ぐらいまで降りただろうと思って道標を見ると、まだまだ全然上のほうだったりして、ゲンナリしたり。
これだから富士山はつまらない、、、と、ブツブツ言いたくなる。
頂上までは変化に富んでいて面白かったんだけどなぁ。

しかもこのザレ場の砂礫は、ただの砂礫じゃない。
軽石の砂礫なので、言うなれば、ずーーっと靴底を軽石でこすっているようなものだ。
靴底がすり減りそうでとても嫌だ。けっこう高い登山靴なのに。。。

そんな退屈さや砂礫と戦いながら、13:34、なんとか七合目の公衆トイレに到着。

すでにみんなヘトヘトだ。それに、ちょっとペースを上げすぎたかもしれない。
ここでいったんトイレ休憩をとり、再び歩き始める。

13:58、六合目の少し手前で、五合目までの乗馬を促す人たちが現れる。
ものすごく心惹かれるが、自力下山を己に課し、歩き続ける。

14:09、六合目の安全指導センター前を通過。

こんな標高の低いところまでガスに覆われていた。
おかげで、下山時は景色なんて全然見えやしなかった。

六合目を過ぎたあたりから、徐々に雲の下に出始めた。
次第に下界が見えてくる。

帰ってきたという実感が、じわじわと湧いてくる。
が、まだここはゴールではない。
最後まできを抜かないで歩き続けないと、あらぬところでコケたりするので注意が必要だ。

14:38、スバルライン五合目に到着。

その後、15:10の富士山駅行きのバスに乗って下山。
バスに乗ってすぐぐらいに大粒の雨が降りだし、晴れ男の面目躍如であった・

(おわり)