このブログで紹介している登山ルートの状況は、現在の当該ルートの状況を保証するものではありません。
山行に先立っては、必ずご自身での情報収集を怠らず、安全な計画を心がけてください。

2014年2月22日土曜日

笹本稜平 『春を背負って』

その峰の彼方』を読み、笹本稜平さんの著書を少し読んでみようかと思い、店頭POPで映画化の文字が掲げられている『春を背負って』を読んでみた。

舞台となるのは奥秩父。
架空の山小屋を中心とした、山の短編連作ものだ。

奥秩父は地味な山域だ。関東甲信地方の人しか興味を持ってないんじゃないか、と思うぐらい人が少ない。おかげで、この登山ブームの昨今ではありがたいほどに、静かな山域だ。
その静かな山域の中でも特に静かな場所、国師ヶ岳と甲武信ヶ岳の間の稜線からちょっと下ったあたりに建っているというのが、この架空の山小屋の設定だ。
作者によると、「富士見」あたりをイメージしたとのこと。そんなこと言われても、このへんを実際に歩いたことのある人じゃないとピンと来ないのではないか。それぐらい話題に乏しい場所である。

だが、僕にとっては、奥秩父は退屈ながらも好きな山域で、国師ヶ岳から甲武信ヶ岳の稜線も一年半前に歩いている。(その時の模様はこちら

本作を読んでいると、その時の記憶がリアルに蘇ってくる。

眺望も良くなく、クソ退屈なばかりの稜線。
6日間のテント泊の装備を背負ってのしつこいアップダウン。
整備されてなくて、しばしば不明瞭になる踏み跡。
たびたび道を塞いでいる倒木。

歩いている最中はしんどいばかりで、良い点と言えばせいぜいコケが北八ヶ岳なみに茂っていることぐらいしか無いように感じていたが、振り返ってみると懐かしくなってまた行きたくなる。

作品中、舞台となっている山小屋の主人が大弛小屋の主人と話をするシーンなどもあるのだが、それなどは大弛小屋のご主人の声で脳内再生される有様だ。
ああ、また行きたい。

肝心の本作だが、例によって登場人物が魅力的すぎて、またもや嫉妬してしまう。
ただ『の峰の彼方』とは違って、登場人物は皆それぞれに弱さを抱え、その弱さと折り合いをつけながら生きている。より親近感の湧くキャラクター設定だ。
奥秩父という地域設定と相まって、本当にそこにそういう小屋があって、そういうスタッフが居るような、そんな気持ちになってくるから不思議だ。
(ちなみに、僕が行ったときは、国師の山頂で登山者と出会ったのを最後に、甲武信の山頂まで人間と会うことは無かった。)

いてもたってもいられなくなり、とりあえず今年のゴールデンウィークは瑞牆山荘から入って甲武信から徳ちゃん新道を下りることにしようと決意した。
ゴールデンウィークの国師~甲武信は、残雪が深くトレースも期待できないため、せめて歩行を楽にするためにスノーシューを持っていこうと思う。

ちなみに、今月号の『PEAKS』の特集の中で、『春を背負って』が取り上げられた。
映画『剱岳 点の記』木村大作監督によって映画化されるということを受けて、映画の話題と笹本さんのインタビューなどが掲載されていた。

映画の方は、舞台が立山連峰だったり、登場人物が変わっていたりと、もはや原作とは全く異なるものになっているが、そりゃ映画にするなら奥秩父ではないわなぁ、とは思う。
でも、奥秩父だからこそよかったのに、、、と思うと、非常にさみしい。


2014年2月11日火曜日

山行記 : 2014年2月9日 高尾~小仏城山ピストン 新雪ドカン

2月8日(土)、東京に13年ぶりと言われる豪雪が降った。
都心部で20cmを越える積雪にみまわれ、電車や飛行機等の交通機関にも大きな乱れが生じた。
都内各所では前日からスーパーの食料が買い占められて品薄状態が発生する一方、当日はいたるところで雪だるまが作られ、ネットにその写真が投稿されるという微笑ましい一幕もあった。

そんな2月8日、僕は抑えきれない喜びで、落ち着いていられなかった。
というのも、翌日の高尾登山が楽しみで仕方なかったのだ。

思えばここ数年、シーズンに1回は東京でもドカ雪が降って、高尾山にも雪が積もる。
だが、いつもその翌日は平日で、山に行きたい衝動を抑えながら出勤していたのである。
仕事をしていても考えることは新雪フカフカであろう高尾山のことばかり。
そんなとき、ネットを見ると大概誰かが高尾山の雪景色なんかをアップしていて、羨ましさに身を焦がさずにはいられなかったのだ。

幸い、2月9日は日曜日。
月曜からの仕事のことさえ考えなければ、力尽きるまで雪遊びをしてもOKな日だ。
2月9日の朝一で出発するために、8日の夜は22時に就寝した。

が、ウキウキして全く寝付けない。
新雪の高尾山。
積年の夢が明日叶うと思うと、横になっていることすらもどかしい。
いわゆる、遠足前日の小学生状態だ。
日付が変わっても寝付けず、結局3時間ぐらいしか眠れなかった。(cf.「実質〇時間しか寝てねーからつれーわ」)

それでも、テンションが上がりっぱなしで眠気を感じず。

朝7時過ぎには高尾山口駅に到着。駅前からすでにすげー雪。

友人と合流して、まずは稲荷山コースから高尾山山頂を目指す。

7:30、稲荷山コースの登山口も当然雪深い。
が、トレースはしっかりついていた。

登山口からすぐのお稲荷様にも雪が積もっている。
石灯籠にも、こんもり。

トレイルをたどる。
高尾山とは信じがたいような景色。
天気も快晴。

8:08、稲荷山に到着。

稲荷山からの景色はなかなかのもの。
空に雲はあるものの、地平線も見え、遠くに筑波山も見えた。
また、何よりも壮観だったのが、街に雪が積もって白く見えたこと。
この場所からの眺めは何度も見てきたが、こんな東京を見たのは始めてだ。

稲荷山から先は、さらに雪深くなる。

樹々の間から、大山の尖った山頂が見えた。

8:54、高尾山山頂直下、巻道との分岐の広場に到着。
広場のベンチはすっかり雪を被っていた。

9:02、高尾山山頂に到着。
けっこう人で賑わっていたが、茶屋はシャッターを下ろしていた。

展望台からは丹沢の山々がクッキリ。
残念ながら富士山は、雲の隙間からちょっと見えただけだった。

高尾山山頂から西側の斜面を下りると、そこにあるはずの階段は雪の下で全く見えなくなっていた。

9:15、もみじ台に到着。

もみじ台まで来ると、トレースが1本着いただけのまっさらな雪面が姿を現す。
頭の悪い犬のように、その雪面に突撃する。
ぜんぶ雪のせいだ。
写真から、その深さをお察しいただけるだろう。
ストックをさらに差し込むと、どんどん埋もれる。
写真左の盛り上がった部分はベンチのあるところ。

茶屋はやっぱり閉鎖中。
こんな日こそなめこ汁を飲みたかったが、やむを得まい。

ひとしきり遊んでから、一丁平を目指して再び歩き出す。
もみじ台で、せっかくだからと言って連れがワカンを装着したのだが、トレースがあるところをワカンで歩くのは、却って歩きづらそう。
実際、一丁平園地に着くまでに、2度ほどハデにコケていた。(本人は楽しそうだったのでOKだが。)

10:08、一丁平園地に到着。(連れは、ここでワカンを外した。気が済んだようだ。)

登山道から見たトイレ側。
登山道を挟んで、トイレの反対側。
本当にここは高尾なのか??

一丁平の展望台へ向かう階段も、今日ばかりは単なる雪の斜面。
スノーボードで滑ったら楽しそうな斜面だ。

10:17、一丁平の展望台に到着。

高尾山では雲に隠れていた富士山も、雲が晴れて姿を現していた。

この展望台の東屋で、ちょっと早めのランチにすることにした。

メニューは、卵とワカメと餅をトッピングした袋ラーメン。(写真を撮り忘れた。)
やっぱり袋ラーメンに卵を落とすと、味にコクが出る。昭和っぽいけど。
餅もびっくりするほど美味しく、今後はこの「力ラーメン卵乗せ」は定番化しようと思った。

そうこうするうちに、東屋は登山者でえらい賑わいになった。
ベンチが全部雪に埋もれているので、屋根の下のベンチとテーブルは貴重な存在なのだ。

そんな登山者たちの会話の中で、高尾駅と小仏バス停をピストンするバスが運休しているという話が聞こえてきた。そもそもその道が雪のため通行止めになっているとのことだ。

実はこの日、我々は景信山から小仏バス停に下りようと思っていたのだ。
バスが無いとすれば、進退窮まる。
これはもうどうしようもないので、景信山までは行かず、小仏城山までで折り返すことにした。

食後のコーヒーを堪能し、出発しようと東屋を出ると、大山に水墨画のような雲がかかっていた。

小仏城山への道も、トレースはあるものの踏み固められているわけではなく、ふかふかの雪を踏みながら進む。

11:50、小仏城山に到着。
やっぱり茶屋は営業しておらず。

木彫りの天狗と、目の前に広がる関東平野。

反対側では、富士山の山頂の雲も、すっかり晴れていた。

さてここで、積年の夢であった高尾での雪遊びを実行する。
そのために、わざわざゴアテックスのオーバーグローブを持ってきたのだ。
とはいえ、人の多い山頂で雪合戦というわけにもいかず、雪だるまを作ることにした。

都心とは違い、雪をかき集める必要も無い。
ただ雪玉を転がしていれば雪だるまが作れるのだ。
あっという間に、そこそこのサイズの雪だるまが完成した。
故やなせたかし氏追悼の意味を込めてアンパンマンを作ろうとしたが、細部を覚えておらず、なにか違うものが出来上がってしまった。
(※このあと雪だるまは破壊し、自然に返しました。)

もう今日やるべきことは全てやりつくした。
そう思った瞬間に眠気が襲ってきた。頭がぼーーっとして、四肢に力が入らない。
とはいえ、まさかここで寝るわけにもいかず、来た道を引き返した。

小仏城山から下山を開始すると、登るときには何でもなかった斜面がやたら滑る。
やむを得ず、軽アイゼンを着けた。

帰りは、一丁平を北に巻いた。
登山道はやっぱり雪深い。
ただ、午後に入って気温も10℃近くまで上がり、樹上の雪が融けて雨のように降り注いでくる。
ハードシェルのフードをかぶらなければならないこともしばしば。

高尾山の山頂も北に巻き、5号路から4号路にルートを継いで、ケーブルカーの駅を目指した。
もう眠くて眠くて、下まで自力で降りるのがしんどかったのだ。

高尾山の北側の5号路でも、樹上の雪が融けて降り注いでくることには変わりなかった。

13:46、高尾山ビジターセンターに到着。
この道を歩くのは始めてだったので、ビジターセンターってここだったのかと、ちょっと驚いた。

13:49、高尾山の豪華トイレの脇に出る。
ここから4号路に入る。

4号路は道幅も狭く、谷側はドキっとするほど急斜面なので油断ならない。
眠くて手足に力が入らない。

14:09、4号路名物の吊り橋に到着。すでに雪面は、融けてびちゃびちゃになりつつあった。
渡って振り返ると、なかなかカッコいい。

ここですれ違った単独の女性は、山の装備でもなく、もちろんアイゼンなんか着けているわけもなく、コケないようにヘッピリ腰で歩いていた。
たぶん、「行けるところまで行く」ということなのかもしれないのだが、行けるところまで行っちゃったら帰れなくなるのではないか。無事、山頂直下の豪華トイレまでたどり着けることを祈った。(そうすれば1号路で帰れる。)
止めてあげれば良かったのではないかと、ちょっと後悔した。

14:23、1号路に合流。
ここまで来れば、ケーブルカーはすぐそこだ。
アスファルトの路面が見えていたので、ここで軽アイゼンを外した。

しかし、14:41、ケーブルカーの駅に着いたら、なんとケーブルカーは運休!

なんだこれは!

下山後調べてみたら、雪のせいじゃなく、メンテナンス中だったのだ。

高尾山ケーブルカー運休のお知らせ
http://www.takaotozan.co.jp/timeprice/cbinfo/detail.php?q=cbinfo52a2c82eca3e0

ぜんぶが雪のせいではなかったのだ!

悔しいので、すぐ横の売店で天狗焼きを買い食い。
小豆ではなく、甘さ控えめの黒豆の餡が絶妙!

仕方ないので、リフトで下山。

その後、ふろっぴぃで温まろうとしたが、高尾山口駅からの送迎バスが雪のため運休。
無念だ。

というわけで、風呂にも入らず帰宅。
都知事選に直行したとさ。

めでたしめでたし。


2014年2月1日土曜日

笹本稜平 『その峰の彼方』

僕は昔から、「ここではないどこか」に行きたいと願っている。
それが水平方向に向かえば「移住」になるし、垂直方向に向かえば「より良い未来」ということになる。(どっちが水平で、どっちが垂直でもいいのだが。)

ただ、1つ問題なのは、僕には実行力が無いということだ。

沖縄や北海道に移住したいと思っても、思うだけで終わる。
より良い未来のために社会的課題に取り組もうとしても尻つぼみになる。
結局、どこにも行けないのだ。

そんなヘタレな僕が最近夢想するのは、アラスカだ。
もう不惑を過ぎた僕が、何のツテもアテも無くアラスカに移住するなどということは荒唐無稽もいいところなのだが、もし日本に居辛くなった際の逃避先はアラスカにしようというのが、ここ2年ぐらいのマイブームだ。

きっかけは、星野道夫のエッセイだった。
(いい年をして、思春期みたいな話で恥ずかしいのだが。)

心に染みとおるような文章で綴られたアラスカの風景。
そこに添えられた写真には、真っ赤な絨毯のように紅葉したアラスカの大地が広がっていた。
ただそれだけで、行ったこともない場所がまるで心のふるさとのように思えてきた。

そう考えるうちに、やはり登山を趣味とする僕としては、マッキンリーにどうしても行きたくなってきた。
金も時間も無いのに。

いや、最悪、金のことはなんとかなるとしても、問題は時間だ。休暇を貰わなければならない。
が、ヨーロッパアルプスのモンブランすら「危険だ」ということを理由に勤め先からの許可が降りないのに、マッキンリーに至っては許可なんか降りるわけがない。サラリーマンの難しいところだ。

ちなみに、不確かな記憶で間違っているかもしれないが、日本テレビの社員は就業規則で8000m峰に登ってはいけないことになっているそうで、過去のエベレスト中継なども全て外注スタッフが登っているのだそうな。
『イッテQ』のディレクターの石崎氏はイモトと一緒にマナスルに登っていたが、調べてみると株式会社コールという制作会社の社員のようなので、やはり日本テレビ社員は登っていない。

僕もあんまりダダをこねると、自分の勤務先の就業規則に「4000m以上の山への登山禁止」とか追加されかねないな。。。


そんなモヤモヤを抱えているときに見つけたのが『その峰の彼方』だ。著者のサイン本が、東京駅前の八重洲ブックセンターに平積みされていたのだ。

惹句には
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目指すは極寒の
北米最高峰・マッキンリー。
史上最高のクライマーが、
そのすべてを賭けた挑戦の
果てに見たものとは?
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とある。
こんなもん、心惹かれないわけがない。

これがまた500ページ近い大著で、厚さも4cm近くある。
これから1泊で出張に行かなければならないというタイミングで出会ってしまい、カバンに入るのか??と躊躇いながらも購入。
抗いがたし。

読み始めると、当然ながらぐいぐい引き込まれる。
登場人物もそれぞれに魅力的で、なんでこんな魅力的な人しか登場しないのかと嫉妬を覚える。
その中でも、最も強い嫉妬の対象は、なんといっても主人公の津田だ。

男の嫉妬はみっともないと言うし、ましてやその対象がフィクションの存在とあっては目も当てられないわけだが、こんなに能力に恵まれて、こんなに仲間に恵まれて、こんなに強運に恵まれて、僕の憧れの地アラスカ・マッキンリーで何をやっとるんや!
こんな人物に対して嫉妬を抱かないでいられるわけがない。
僕がこれまでの人生において成し得たこととは何なのか、振り返るだに虚しくなる。

何度でも胸と目頭が熱くなるストーリーは、さすが巨匠の作品。
くやしいかな、著者の意のままに(かどうかは分からないが)、僕の心は翻弄されるのである。


やっぱり50歳までには、会社を辞めてでもマッキンリーに登ろう。
そう改めて心に誓った。